My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常- vol.3

ミコト屋鈴木鉄平氏

Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないのに、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

農場と食卓をつなぐ自然栽培の野菜伝道師
旅する八百屋・鈴木鉄平|No.03

ミコト屋鈴木鉄平氏2

一風変わったその八百屋は横浜市青葉区にあります。名前は「micotoya house」。ここは自然栽培の野菜や果物を中心にイベントや宅配で販路を広げてきた「青果ミコト屋」が創業10年目にして初めて構えた実店舗と、ナチュラルアイスクリーム店の「KIKI」、さらに野菜の仕分け場と倉庫、オフィスを備えた複合施設です。今回は、このミコト屋とKIKIの代表を務める鈴木鉄平さんの仕事にかける情熱とTシャツのある日常にフォーカスします。

赤煉瓦の趣ある建物とそこに自由に絡み合う緑。その前には葉を揺らして青々と生い茂る木々があり、それはまるで赤土の大地に野菜がたくましく育っているかのようにも見えます。「micotoya house」があるのは、東急田園都市線「藤が丘駅」から徒歩10分、「青葉台駅」からは徒歩15分と、決してアクセスがいいとはいえないところ。それでもオープンと同時にローカルの人たちが新鮮な野菜を求めて訪れ、若い女のコたちは店頭のベンチに腰掛け、店自慢のアイスクリームを美味しそうに頬張っています。


micotoya-house

●micotoya house
神奈川県横浜市青葉区梅が丘7-8
TEL:045-507-3504
営業時間:11:00〜18:00(土日祝10:00〜)
定休日:木曜日

青果ミコト屋が「旅する八百屋」と呼ばれるのは、micotoya houseができるまでの10年間、店舗をもたずに年に数回、古いキャンピングカー(現在は店頭に停めてイートインスペースとして活用)に乗って全国の産地や生産者のもとを訪ね、そこで出合った美味しい野菜や果物などを直接仕入れて販売していたことに由来します。一般的な八百屋は、朝早く起きて市場に仕入れに出かけますが、ミコト屋の場合はそんな毎日とは無縁。従来の枠組みにとらわれない自由な発想で、自分たちらしい八百屋のかたちを築いてきました。


ミコト屋イートインスペースのキャンピングカー ミコト屋の本旅する八百屋

また、食関連だけでなく、音楽やアート、スポーツ、ファッション、クラフトなどのイベントに積極的に参加し、価値観の近い異業種の人たちと一緒に発信してきたこともミコト屋の独自性を際立たせている一因です。野菜の並べ方や什器選びにこだわるのも、国内ではまだ一部の人たちの嗜好品という印象の自然栽培の野菜の魅力をできるだけ多くの人に知ってもらうため。背伸びしておしゃれしていると話すファッションに関しても、間口を広げるための手段だと笑います。

「ミコト屋を始めたころは、オーガニック野菜というとどこか宗教っぽいというか、ヒッピーみたいな人たちのものといったイメージがあって、実際、ぼくも編み込みヘアとエスニック柄のパンツがトレードマークでした。でも、そういうのが好きな人とは会話が弾むんですが、そうじゃない人は話せば話すほど引いていく。これじゃあ、いつまで経ってもぼくらが扱う野菜のよさが伝わらないと思ってとった苦肉の策が、土臭さを払拭して精一杯シティボーイぶることだったんです(笑)」

大手スーパーマーケットがチェーン店を全国津々浦々に張り巡らすなか、家業を継ぐという選択肢ではなく、個人経営の小さな八百屋をイチから立ち上げるというのは突拍子もないことのように思えます。しかも、鉄平さんは商売の経験は皆無。普通に考えれば無謀ともいえそうな挑戦ですが、ある出合いをきっかけに鉄平さんの運命は予期せぬ方向に動き出します。


ミコト屋のフルーツ ミコト屋の風景

大学卒業後、入社したのは宝飾品の訪問販売を行う会社でした。やればやるだけ収入が増える仕事で、持ち前の負けず嫌いも手伝って営業成績と給料はどんどん上昇。その後、高校の同級生で、のちにミコト屋を一緒に始める山代徹さんも同じ会社に合流し、ふたりで支社をもち、組織ごと抜けて独立するまで売上を伸ばします。それもあって当時の鉄平さんは、“男は稼いでナンボ”というのが生きる指針。いつしか、それが最大のモチベーションになっていました。

「でも、それなりに稼いでいるのに、心はちっとも満たされないんです。そんな生活に嫌気がさして、徹と一緒に旅に出たのが26歳のとき。行き先に選んだのはインド・ネパールでした。自分たちがこの先、生きていくうえでなにが足りないのか、お金では手に入れることのできない豊かさがあるとしたら、その正体はなんなんだろうって。いまもその答えはわからないんですけど、旅に出たらなにかが変わるかなと思って」

学生時代、現地で購入したバンでアメリカ西南部のネイティブ・アメリカンの居留地を一年かけて放浪。そのときの強烈な体験が鉄平さんの旅の原点となっています。社会に出て仕事に振り回されるうちに失ってしまった、あの日の感覚をもう一度取り戻したい。鉄平さんの胸にはそんな思いが去来していたのかもしれません。

「インドはともかく、ネパールの人たちは経済的には恵まれていないかもしれないけれど、いつも笑顔を絶やさないし、みんな親切で、幸せそうに見えました。お金がなくても暮らす知恵と技術をもっていて、なければないなりに工夫したり、代わりになにかを生み出したりしながらとても創造的に生きています。その営みがとにかく美しくて。朝は太陽が昇る少し前に起きて働き始めて、太陽が沈むと仕事をやめて眠りにつく。そんな太陽と動きに合わせて一日を過ごすのは、とても人間らしいと感じたし、以前からぼくらの憧れでもあったんです。それで、自分も自然のリズムに寄り添った暮らしがしたい、彼らみたいにたくましく生きる力がほしいと思って」


ミコト屋鈴木鉄平氏3

鉄平さんにとって、生きることは、すなわち“食べる”こと。まずは食べものをつくれるようになりたいと、帰国後すぐに徹さんを誘って農業を習得するための受け入れ先を探します。そして知り合いに頼み込んで、農業研修生として修業させてもらえることになったのが、千葉県にある筋金入りの自然栽培農家でした。

「自然栽培は、肥料にも農薬にも頼らず、野菜が本来もっている力を最大限に引き出すために、まずは健全な土壌をつくることがすべての基本になります。ここで採れた野菜を初めてかじったとき、ヒマラヤをトレッキング中、現地のおばあさんにお裾分けしてもらったリンゴを口にしたときの感動が込み上げてきて、“これだ!”って思ったんです。あとは、野菜を育ててみたいという気持ちがどんどん強くなっていくばかりでした」

1年間の研修を終え、徹さんは将来ふたりで起業するときに備えて、地元・横浜に帰って経営や会計の勉強をすることに。一方の鉄平さんはさらに実践的な農業を学ぶために別の農園に移ってもう1年、住み込みで働くことを決めます。


ミコト屋の野菜 ミコト屋の風景2

“自然を尊重し、自然の力に順応して暮らす”。自然農法の師匠にあたる人に教わったこの「自然尊重・自然順応」という理念を、鉄平さんはいまでも大切にしています。だから、自然に負荷をかけないという選択はミコト屋では当たり前です。

「例えば、スーパーマーケットでは野菜をプラスチックで個包装して販売していることが多いと思いますが、うちの店では一切プラスチックを使っていません。というのも、そのほとんどが使い捨てになっていて、それが海洋汚染につながっている現実があるし、売場としても野菜が裸のまま並んでいるほうが気持ちいいんですよ。あと、量り売りをしているのもゼロ・ウェイスト(※)の観点から。ぼくらは農業の大変さを身をもって体験しているので、やっぱり生産者の人たちが頑張って育てたものを少しでもムダにしたくないんです」

※)可能な限り廃棄物を減らそうという活動のこと。


ミコト屋の野菜とフルーツ ミコト屋のパッキングについての看板 ミコト屋のドレッシングと味噌

micotoya housuをオープンするにあたってアイスクリームを始めた理由も、実店舗ではどうしても出てしまう野菜や果物の売れ残りをどうにかしたいという考えから。これまでもジュースやケチャップ、ドレッシングなどの加工品をつくってきましたが、アイスクリームは賞味期限がなく長期保存が可能という点でうってつけの存在でした。

「アイスクリームってジャンクなイメージがありますけど、本来は楽しい食べ物じゃないですか。それに野菜を通じてロスのことや生産者の想いを伝えようとすると、ちょっと説教じみて聞こえてしまいますが、そこに意外な食材が使われていて、しかも美味しくて健康的なアイスなら面白がって耳を傾けてくれる。アイスはミコト屋の新しいポップスターなんです(笑)」

店頭の売れ残りだけではなく、廃棄されるはずだった規格外の野菜や果物、さらにはKIKIのアイスクリームの評判を聞きつけ、ハンバーガーのパテをつくるときに出る牛すじや、サンドイッチをつくる際に出る食パンの耳、チーズをつくる際に大量に出るスキムミルクや、ワインの搾りかすなど、ミコト屋のネットワークでここに集まってくる食材は多種多様。それらすべてを受け止めるアイスの懐の深さもさることながら、こうした食材をフル活用し、年間160ものフレーバーを生み出すスタッフの卓越したセンスには感服してしまいます。


ミコト屋のアイスクリーム売り場 ミコト屋のアイスクリーム

ちなみに鉄平さんは、ここで+CLOTHETのスビンプラチナムの「Micro Pile Big T-shirt」を着用していますが、取材直前まで事前に渡したサイズ違いの白と黒のどちらを着るか迷っていたようで、近くにいたスタッフに見てもらって決めたそう。

「これ、めちゃくちゃ気持ちいいですね。こういうパイル地のTシャツは自分ではあまり選ばないのでとても新鮮です。八百屋の仕事は汗をかくのでぴったりだし。だけど、艶のようなものもあって、大人っぽく見えるのも気に入りました。服も野菜と一緒で、ストーリーがわかるというか、つくり手の思いが伝わるようなものが好き。せっかく自分が働いて手にしたお金を使うなら、それが生きたお金としていいところを循環して、より良い社会へと導くポジティブな力になってほしいので」


クロスクローゼットのマイクロパイルビッグTシャツを着用するミコト屋鈴木鉄平氏

2010年に鉄平さんの自宅のひと間を改装して、ふたりで始めたミコト屋もいまや総勢12名のチームに成長。軌道に乗るまではとにかく大変で、最初の3〜4年はかなり苦労もしましたが、その間、いろんな産地を訪れることで、多くの気づきがあったといいます。その土地、気候、さまざまな環境の違いによって、作物の育ち方が違うのは当然のこと。そして、なにより育てている人が違うし、そもそも完璧な栽培方法は存在しないと思えるようになったのは大きな変化でした。

「始めたころは自然栽培しかない、それが絶対だと信じ込んでいましたが、そういう偏ったこだわりが手放せたのは本当によかったと思います。信頼している生産者がそう判断したのであれば、農薬を使っていたとしてもぼくらはそれを尊重したい。やっぱり、最後は人と人との温もりあるつながりなんです。逆に、いまでも変わっていないのは、儲かるか儲からないかではなく、自分たちがワクワクするかどうか、やる価値や意味があるかどうかで動くこと。それは、好奇心の分だけ世界は広がると信じているから。そういう部分は、これからも大切にしていきたいですね」


micotoya-house外観

鈴木鉄平
1979年生まれ。3歳までモスクワで過ごし、帰国後、横浜市青葉区で育つ。20歳のときにアメリカ西南部を約1年かけて放浪し、ネイティブ・アメリカンの精神性を体感。その後、ネパールで出会った山岳民族・グルン族のプリミティブな暮らしに惹かれ、農のフィールドへ。千葉の自然栽培農家である高橋博氏、寺井三郎氏に師事後、同じく千葉のカフェや宿泊場を備えた農園・ブラウンズフィールドの農スタッフとして自給的な生活を経験。2010年に高校の同級生・山代徹とともに「青果ミコト屋」を立ち上げる。店舗をもたず、全国の産地を巡る“旅する八百屋”として10年間の活動を経て、21年に地元に八百屋の実店舗とクラフトアイスクリームを販売する「KIKI NATURAL ICECREAM」を併設した「micotoya house」をオープン。著書に『旅する八百屋』(アノニマ・スタジオ刊)がある。

Photos: Tohru Yuasa



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