未来を変えるハイブリッド素材

未来を変えるハイブリッド素材


Tシャツの大ヒットで注目を浴びた超長綿「スビンプラチナム」とともに、+CLOTHETがデビュー以来、力を入れている素材があります。それが、ここで紹介する「テックウール®︎」です。現代にふさわしい機能を備えたこの素材が、どんなふうに生まれたのか、その背景に迫ります。

+CLOTHETがユニークなのは、服づくりの出発点が常に素材ありきで始まるところ。理想の素材を追い求めるなかで、自分たちが納得のゆく生地ができたときにはじめて、どんなかたちがいいのか、どんな仕様がいいのかと、生地の特徴に合わせて具体的なデザインに落とし込んでいきます。これは毎シーズン新しいテーマを決めて、新作を発表しているファッションブランドとはまったく異なるアプローチ方法。そのため、年間を通じてデザインに大きな変化がないように思えるかもしれません。


しかしそれは、大人の男性にそんなに多くの服は必要ないのではないか、という発想が原点になっているため。メンズファッションの基本といわれる色やかたちがあれば、あとは季節に応じた素材のバリエーションを揃えておけば十分、という考えが根底にあります。それゆえ、+CLOTHETではいろいろなスタイルを打ち出すことはせず、素材に合わせてパターンや仕様を調整しながら、一つひとつの製品の完成度を高めていくことに力を注ぎます。


タテ糸にスーパー120’sウール、ヨコ糸に機能繊維のソロテックス®︎を使った「ソラーロ」は、テックウール®︎シリーズの代表素材。ウォッシャブル性や防シワ性、伸縮性、型くずれしにくいなど複数の機能をもつほか、異なる色のタテ糸とヨコ糸を用いた深みのある色合いも特徴です。商品は「TECHWOOL Solaro Safari Jacket」。




洗えるウールの衝撃


軸となる素材を決める作業は、+CLOTHETにおいて最も重要なプロセスのひとつ。数年前のプルミエール・ヴィジョン(※1)で目にした、家庭で洗えるウールに衝撃を受けたと語るのは、生地の企画・開発を担当する玉城大地です。当時は、ウールは水洗いすると風合いが損なわれ、クリーニング店に出すのが当たり前と考えられていた時代。そういった常識を覆す生地との出合いが、「テックウール®︎」誕生の原動力になりました。
※1)パリで年2回開催される世界最高峰の国際的なテキスタイル見本市。


玉城がこだわったのは、洗えることを前提に、日本の風土に即した機能でした。ウォッシャブル性に対するハードルは特殊加工でクリアできるとすぐにわかったものの、大切なのは自分たちならではのオリジナリティ。さらに、多くの人に届けるためには価格とのバランスも大切です。ただ、100%ウールでつくろうとすると、どうしても高価になってしまうのがネックでした。


+CLOTHETの経営母体である繊維専門商社のテキスタイル部門に所属する玉城大地。週2日は大阪本社で打ち合わせに、残り3日は東京オフィスでの販売や、国内に点在する織物産地への出張に費やす日々。


そこで玉城が注目したのが、帝人フロンティアが手がける機能繊維「ソロテックス®︎」(※2)です。ソロテックス®︎が優れているのは、ほかの繊維とミックスしても、その素材の色や風合いを生かすことができるところ。天然繊維にしっくりなじみながら、新しい感性や機能性を盛り込むことができます。
※2)形状回復に加え、従来のポリエステル、ポリウレタン、ナイロンでは表現できなかったソフトな風合いやストレッチ性、発色の良さなどを特長とする合成繊維。


ウールと組み合わせる割合で表情が変わるため、それからはさまざまな比率を試しながら、洗えるかどうかを生地にした段階で確認し、その後、製品をつくって再度チェックすることの繰り返し。生地の開発は、クオリティの高さで世界的にも知られる国内の毛織物産地・尾州(※3)の工場と一緒に行い、完成にこぎつけたときには構想から約2年が過ぎていました。
※3)愛知県尾張西部地域から岐阜県西濃地域。麻、絹、綿、ウールと、時代に合わせて変遷しながら、繊維の一大産地に発展していった。

テックウール®︎は、尾州の毛織物工場の協力のもと開発。




どう最適化させるか


ウールは冬暖かく夏涼しいだけでなく、天然の吸放湿性、防臭機能、汚れがつきにくいなど、さまざまな長所を備えています。テックウール®︎では、それにソロテックス®︎の特徴である、しなやかさや軽さ、伸縮性、シワになりにくく型くずれに強いといった機能を付加し、高級感と扱いやすさの両立を目指しました。さらに、あとから加工を施すことで、抗菌性や接触冷感、撥水性などを追加することもできるため、さまざまな可能性を秘めています。


当初は、ウールとソロテックス®︎の交織による春夏用の平織り生地「トロピカル」だけでしたが、徐々にバリエーションを増やし、いまでは開発中のものまで含めると10種類程度にまでストックを拡大。通気性がよく清涼感のある「サッカー」(※4)や、独特の光沢のある「ソラーロ」(※5)をウールとソロテックス®︎で再現したオリジナルハイブリッド素材に加え、100%ウールながら機能も備えたトロピカルなども登場しています。
※4)収縮率の違うタテ糸を組み合わせて平織りし、仕上げに縮ませて凹凸を出した生地。日本では「しじら織り」とも呼ばれる。
※5)もともとは英国の兵士が亜熱帯の植民地で紫外線から肌を守るために開発された生地。 表に色が多く出ている経糸が紫外線を反射する明るい色(カーキ)、裏に色が出ている緯糸が肌を守るための暗い色(赤)を使ったものが発祥とされる。


高温多湿な気候や、階級の差異がない日本の文化を考慮すると、こうした展開はむしろ自然な流れ。高度な技術力を駆使し、手付かずだったニーズを掘り起こして、そこにターゲットを絞り込んだ結果といえます。


従来はコットンとポリエステルでつくられることの多い「サッカー」を、ウールをベースにソロテックス®︎を組み合わせることで再現。高級感や吸放湿性に加え、しなやかさや伸縮性なども兼ね備えた新時代のハイブリッド素材です。商品は「TECHWOOL SeerSucker Easy Set Up」。




従来とは別の新しい価値観を提示


+CLOTHETの母体である繊維専門商社が、機能的なハイブリッド素材に注目したのは2000年代の半ば。実に、ブランドをスタートさせる10年以上も前のことです。当時はIT産業の急速な発展にともない、世の中の職場環境がどんどんカジュアル化していたころ。ドレスクロージングとカジュアルの境界線が加速度的に溶け合い、新しいビジネススタイルが求められていた時期でした。


しかし、イギリスの伝統やイタリアの美学を規範とするクラシックの世界では、ヨーロッパの名門ブランドの生地が揺るぎない権威をもっているため、100%天然繊維からできた素材は、どうしてもその価値体系のなかで評価されてしまいます。それゆえ、そことは違う土俵で戦うための新たな手札が必要だったのです。


以来、試行錯誤を重ねながら、ドレスカジュアルにふさわしい生地の開発に注力し、それがオン・オフの着用シーンを限定せずに着ることができる+CLOTHETの立ち上げにつながりました。


現在ではドレスとカジュアルの融合がさらに進み、今度はそこにスポーツウェアの要素が加わっています。100%コットン、あるいはコットンと合成繊維でつくられた機能素材はこれまでも市場に出回っていましたが、100%ウールやウールとのハイブリッドはいまだ稀。見た目はドレッシーなウールなのにアクティブに使える素材は、ビジネスシーンだけでなく、さまざまな用途が期待されています。


テックウール®︎は誕生からそんなに時間が経っていないこともあり、まだ進化の途中ともいえる段階。でも、こうした革新的な高機能素材の登場が、今後のライフスタイルを大きく変えていくきっかけになるのかもしれません。



スーパー140’sの100%ニュージーランド産ウールを用いて高密度に織り上げた「トロピカル」は、ウール本来の機能に加え、特殊加工によりナチュラルストレッチ、イージーケア性を兼ね備えたマルチファンクション素材。非常に軽い素材なので、着ていることを忘れるほど。上の商品は「TECHWOOL Toropical Easy Trousers」、下の商品は「TECHWOOL Tailored Light Coverall」。



Photos: Taku Kasuya