My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常- vol.5

陶芸家・吉田直嗣氏の陶芸風景

Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないけれど、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

究極の“普通”さで、饒舌な“個性”を具現化する陶芸家
陶芸家・吉田直嗣|No.05

富士山を背景にした陶芸家・吉田直嗣

白と黒────。ミニマルに徹し、シンプルさを極める佇まいに立ち上がる、かすかな揺らぎと温もり。つくり手の主張を極限まで抑えつつも、その静謐さがかえって饒舌に語ってみせる、豊かな個性と独創性。陶芸家・吉田直嗣さんの作品は、師匠である黒田泰蔵さんの影響を色濃く感じさせながら、オリジナルな表現として見事に昇華しています。彼が世に送り出すのは、見て愉しく、使って楽しいさまざまな焼き物です。

そんな吉田さんを訪ねて、富士山の麓にあるアトリエ併設のご自宅にお邪魔しました。その日は年始にふさわしい好天に恵まれ、霊峰・富士の大パノラマが目前に。すっかり落葉した木々に面したリビングにも、温かい日差しが燦々と降り注いでいました。小春日和のポカポカ陽気のなか、物腰柔らかで和やかな吉田さんに、のんびりお話を伺うことができました。

吉田直嗣氏のアトリエ併設のご自宅 吉田直嗣氏のアトリエ併設のご自宅-2

「高校時代にインテリア、特にイスに惹かれるようになり、美大を受けてみたんです。でもデザイン科でいざ教授と面談してはみたものの、なぜかしっくりこなくって……。最初はその理由がよくわからなかったのですが、あるとき、ふとイスは“自分の手で直接つくらないから”だと気がつきました。そこにたどり着きはしたけれど、じゃあ、どうしよう、と(笑)」

吉田さんと陶芸との出合いは、ひょんなことから訪れました。

「ある日、大学内に陶芸サークルというものがあって、地元から一緒に同じ学校に進学した友人が入っているのを知りました。念願のひとり暮らしに気に入った食器がなくて困っていたけど、なんだ、このサークルに入れば自分で食器つくれるじゃんって(笑)。そんな安直な考えで入ってみたんですが、想像以上に難しかったですね。先輩に言われた通りにやってみても、全然思い通りにいかなくて……。それでもつくって、焼いて、を繰り返すうち、どんどんハマってしまっていたんです。最初から最後まで、それこそ材料の選定から仕上がりのサイズまで、陶芸ではすべてを自分の手で決められる。『これだ!』と思いましたね」

吉田直嗣氏のアトリエ併設のご自宅-3 スビンプラチナムスムースを着用している吉田直嗣氏

「2年生になるころには、漠然と将来は陶芸で食べていきたいな、と考えるようになっていました。就職活動もほとんどすることなく、窯元が弟子を募集しているという新聞の求人広告を頼りに、伊豆高原に行ってみることに。実際は弟子とは名ばかり、観光向け陶芸教室のお手伝いだったんですけど(笑)」

しかし人気の観光スポットであったこの教室は多忙を極め、1日15時間、朝から晩まで働き詰め。プライベートな作品をつくっている暇など、まったくなかったといいます。

「学生時代に知り会った作家さんの個展に顔を出したとき、『そんなところにいて陶芸家になれるわけがない』とお叱りを受けたんです。そして教室のある伊豆高原で活動している陶芸家の村木(雄児)さんをご紹介いただきました。しばらく教室の仕事が終わってから村木さんのアトリエに伺ってお話を聞いたり、ただ一緒にお酒を呑んだりしているうち、こんどは村木さんが『近くに弟子を探している人がいるから紹介するよ』と(笑)」

そんな紆余曲折を経て奇跡的な邂逅を果たしたのが、白磁の巨匠・黒田泰蔵さんでした。

陶芸家・吉田直嗣氏の作品 陶芸家・吉田直嗣氏がろくろを触っている様子

「黒田さんに弟子入りして最初の半年は、歩き方から電気の消し方に至るまで、毎日のように怒られましたね」と笑う吉田さん。しかし吉田さんの作品の端正な美しさ、ストイックさ、潔さには、確かに黒田泰蔵さんに通ずるものが見て取れます。

「黒田さんの影響は、実際あると思います。やっぱり3年間、毎日見て触り続けていると、その重さやサイズ感を目や手が覚えてしまうんですね。そこから外れようとすると、なんだか気持ちが悪いというか……。僕は轆轤(ろくろ)でつくって、電気窯で焼きます。方法論に関して特殊なことは何もないし、気に入ったカタチにさえできればいい。もともと白黒が好きだし、色を使うということ自体に興味がないんです。だから黒田さんのものづくりから吸収できるものは、すごく多かったですね。ボリューム感やテクスチャーを邪魔とまではいいませんが、僕にとってそれらは興味の対象ではないんです」

焼き物は、焼き窯を使って“自然の神秘”に表現を委ね、ユニークな色、柄、テクスチャーを狙うこともできます。でも理想のカタチを追い求める吉田さんは、「表面はガバっと“このぐらい”。でも“カタチ”に関しては、一切妥協のない“ピンピン”でいきたい」と、あえて色や素材感といった表面情報に意識を向けない姿勢を貫いているのです。

「たくさんの食器が並べてなじむものでありながら、何もない場所に置くとその空間を支配できるぐらいのパワーがある────そんな雰囲気が自分の作品の個性だと思いますし、僕はカタチでそれを表現したい。僕は食器が大好きですけど、僕がつくりたいのは、美しい食器のようなもの。それを『用の美』とは、言いたくないですよね」

スビンプラチナムスムースを着用している吉田直嗣氏の手元

すでに人気作家としての地位を確立している吉田さんですが、いまでも陶芸への情熱、「うまくなりたい」という向上心に、衰えはないようです。

「もう20年以上も作陶を続けてきましたが、去年できなかったカタチがようやくつくれるようになったとか、毎日がそんな感じで楽しくて仕方ない。焼き物は生の粘土でつくる生物(いきもの)で、お刺身や寿司と似ているところがあります。触れば触るほど、素材としての魅力がなくなっていく。その代わりにカタチとしての価値が出たとしても、素材本来の魅力があれば、なおいいじゃないですか。だから僕は、粘土にはできるだけ触りたくないと思っています」

塊から切り離してポンと置いた粘土と手数を掛けた粘土では、粘土本来の“腰”がまったく異なると、吉田さんは言います。

「一発目で決めてバーンっとできあがったカタチは、やっぱり強い。以前は5回以上触らないとできなかったものが、いつの間にか4回でできるようになると、手数って一手減らせるとこんなに違うんだと驚かされます。まったく同じカタチを狙っても、轆轤の上で完結できるのと、削ってつくるのとでは、全然違うんですよ。焼味などは自分自身のコントロール下に置きつつも、手の痕跡はあんまり残らないようにしていますね」

吉田直嗣氏の横顔 吉田直嗣氏の焼き物作品

かすかな自然の揺らぎを宿しつつ、どこまでもシンプルでプレーンな佇まいが際立つ、吉田さんの焼き物。だが、そのストイックなまでに突き詰められた“普通”こそが、圧倒的な存在感を生む“個性”になっているのかもしれません。

「変わったことをやるのも個性だとは思うんですが、ビックリ箱みたいに次から次へと新しいものを出し続ける才能がある人なんて、そうはいません。例えばいろんな陶芸家が集まってまったく同じものをつくろうとしても、ひとつとして同じものはできない。できるだけ似せてつくろうと頑張るけど、どこかがちょっとずつ違ってくる。そのわずかな誤差のような、消し切れない何か────それが、その人の個性なんだと思います。逆にそういう個性がなければ、長くは保ち続けられない。僕は、一生焼き物を続けていきたいんです。だから自分で自分を苦しめるようなことはしたくない。ストイックなものづくりと思われがちだけど、長い目で見れば、それがいちばん楽なやり方なんですよ」

吉田直嗣氏のご自宅 吉田直嗣氏の白と黒の作品

普通をとことん追求し、無理なく、楽しく、心地よくものづくりを行いたいと考えている吉田さんの価値観は、着用する衣服においても変わることがないようです。この日に選ばれていたのは、スビンプラチナムスムース素材の「Tailored Long Sleeve T-shirt」。ブラックのXLを、ゆったりとしたリラックスフィットで着こなしているのが印象的でした。

「僕にとっての普通と、ほかの誰かにとっての普通って、全然違いますよね。普通というのは一般的という意味ではなく、あくまでも自分にとっての当たり前。『こうあってほしい』と考える私的なスタンダードだと思うんです。だからこのTシャツは僕にとって、すごく普通なんですよ。普段から作業するときには、いつもTシャツか長袖Tシャツばかり着ていますしね」

最上級の素材とパターン、職人技術をもって、至高の普通を提供する────そんな+CLOTHETの理念と吉田さんの普通へのこだわりが、見事に共鳴しているように思えてなりません。

「当たり前に着られて嫌な要素がまったくないし、素材がとても気持ちいい。この素材のよさと、決して大声じゃない主張とのバランスが、絶妙なんだと思います。このバランス感は、きっと素材のよさがあってこそ。僕の器でいえば、カタチに全フリしているからこそ、ほかはどうでもいいって言い切れるところに近いというか……。素材のよさによって、ほかの要素をストレートにポンポンと落とし込んでも絵になります。こうやってお客さんが来ても、着替える必要がないくらいキチンと見える(笑)。気持ちがよくって、シーンを選ばない。これってすごいことだと思うんですよ」

スビンプラチナムスムースロングTシャツを着用している吉田直嗣氏 スビンプラチナムスムースロングTシャツを着用している吉田直嗣氏の首元

いよいよインタビューを終えようかというとき、中学1年生だというご次男が帰宅。「おかえり」と温かく迎える吉田さんを見て、家族とともに職住近接で生活し、創作を続ける素晴らしさに気付かされました。吉田さんの崇高なる普通のインスピレーション源は、こんな何げない日々の暮らしのなかにあるに違いありません。最近では、工業系の書籍で目にした「圧縮」という言葉から、削ぎ落とすのではなく圧縮するという、自らの創作スタイルに連なる気づきを得たそうです。

「どんなに複雑な形状のものも、限界まで圧縮すればツルツルになる。それは何かを削ぎ落としているわけではないですよね。何も捨てずに圧縮し、密度を極限まで高めることで、表面上はツルツルであっても情報量は膨大。僕がやりたいのは、多分そういうことなんです」

吉田直嗣

吉田直嗣
陶芸家。1976年生まれ。東京造形大学を卒業後、陶芸家・黒田泰蔵に師事。2003年に独立し、富士山麓に築窯。白と黒の器を中心に制作を行う。パートナーのドローイングアーティスト・吉田 薫との共作によるユニット「cheren-bel 」でも、富士山麓の火山礫スコリヤと、そこに降り積もる雪からインスピレーションを受けたミニマルな作品を手掛ける。
naotsugu yoshida : 吉田直嗣 公式サイト
Instagram

Photos: Tohru Yuasa



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