My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常- vol.4

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Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないけれど、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

“奇界”の深淵をのぞく稀代の写真家
写真家・佐藤健寿|No.04

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異様な存在感を放つ巨大マトリョーシカ、地面に突き刺さったかのようなバス、森の精霊に扮したある部族の少年。写真家・佐藤健寿さんは、多様な文化や歴史、自然がつくり出す不思議な景色や、わたしたちの目には奇妙に映る風俗などを「奇界」と呼びます。佐藤さんが見つめるのは、多くの人に驚きと発見を与え、好奇心をかき立てる未知の世界。そんな彼独自の視点で切り取られた、一枚の写真の向こう側にあるものとは?

佐藤健寿さんは、世界各地のありとあらゆる“奇妙なもの”を対象にカメラに収め続け、これまで120カ国以上を旅してきました。自身の造語をタイトルにした写真集『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は異例のベストセラーを記録し、TBSのバラエティ番組「クレイジージャーニー」に出演するなど、“奇界”をのぞく写真家、そして作家として知られています。そんな佐藤さんの奇妙な旅が始まったのは20年ほど前。アメリカ・ネバダ州にある空軍施設「エリア51」を訪れたのがきっかけでした。


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「日本の美大を卒業後、アメリカの大学に留学したんですけど、そこでどこかひとつの州をテーマに撮影してくるという課題があったんです。そのとき、頭に浮かんだのが子どものころ、テレビで観たエリア51でした。エリア51というのは、UFOやエイリアンの研究を行っていると噂されていた場所で、周辺には西部開拓時代に栄えたゴーストタウンもあるし、行けばきっと面白い絵が撮れるんじゃないかって。詳しい行き方はわかりませんでしたが、近くまで行けば何とかなるだろうと、軽い気持ちで向かったんです」

しかし実際に行ってみると、施設の周囲は立ち入り禁止。近づくと監視員に制されるなど、かつてテレビで観た映像とは比べものにならないほど緊張感がありました。その一方で、近くにはUFOマニアの溜まり場のような街があり、宇宙人の像が立っていたりと長閑な空気が流れていたのが印象的だったといいます。

「ネバダで撮った写真を学校に持って行ったら、みんながすごく興味をもってくれて、個人的にもとても楽しい旅だったので、これは自分の表現スタイルにフィットしているのかなと。日本の美大時代にもそういう課題はあって、テーマを自分で探すんですけど、これだと思えるものってなかなか見つからないんですよ。逆に難しく考え過ぎてしまって、結局は自分の日常とはまったく関係ない作品になることがほとんどで。でも、ネバダで撮った写真は自分の皮膚感覚として面白いと思えたんです」


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中国/2018 ©︎KENJI SATO

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カザフスタン/2016 ©︎KENJI SATO

その後、撮影した画像をFlickr(フリッカー)という写真共有サイトにアップすると、海外から突然、エリア51の写真をWikipediaで使わせてほしいという問い合わせが舞い込みます。いまほどSNSが広がっていなかったこともあり、それは佐藤さんにとって思いがけない出来事でした。

「つまり、そういう不思議なものって、これまでプロの写真家がまともに撮ってこなかったということなんですよね。日本の美大に通っているときは、写真で食べていこうとは考えていませんでしたが、それならこれを自分の創作活動のテーマにするのもいいなと思って」

以来、奇妙な場所やものが放つ独特の雰囲気に魅せられた佐藤さんは、翌年に「ナスカの地上絵」や「イースター島のモアイ像」、その次の年には「ヒマラヤの雪男」など、長年気になっていたものを片っ端から撮りに出かけます。火球が落ちたと聞けば、それを確かめに現地に赴き、フランスの空港で何十年も暮らしている男がいるという情報が入れば、すぐさま渡航。そうこうしているうちに、それがいつしか仕事になっていました。


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佐藤さんが幼少期を過ごした1970〜80年代は、五島勉さんの著書『ノストラダムスの大予言』(祥伝社)や、UFOや心霊、超能力といったオカルトや超常現象を特集したテレビ番組が大人気だった時代。世界には科学では解明できない不思議なものがあるというのが、世の中の通説でした。また、映画『インディー・ジョーンズ』シリーズがヒットしたのもそのころ。佐藤さんは子どもながら、いつか世界の不思議を自分の目で見に行きたいと思っていたそうです。


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好きなことには時間を忘れて熱中するタイプ。ところが、キャンパスがどんな雰囲気なのかもわからないまま漠然と進学した美大ではカルチャーショックの連続でした。

「高校時代はいろんな映画を観たり、音楽を聴いても、それについて話す友だちがいませんでした。でも、美大に入学した途端、古い映画にやたら詳しかったり、電子音楽にめちゃくちゃ詳しい人がいたり、周りはマニアばかり。最初はそういう会話が新鮮に思えましたが、半面、美大自体はとても閉鎖的な環境なので、その膨大な知識を生かして映画を制作したとしても、結局は身内しか観に来ないわけです。写真展もそう。いまテレビに出演させてもらっているのも、当時そういう閉塞感を味わったからこそ。一般的な美大生の感覚からするとテレビなんて古いとなってしまうんでしょうけど、“わかる人だけに伝わればいい”という考え方で、内輪ノリで終わるのはあまりにもったいないと感じていました」

誰も知らないものを見つけるのが目的ではなく、オカルト界隈や文化人類学といった、ある特定の分野の文脈でしか語られてこなかった事象に、別の角度から光を当てる。佐藤さんの、いまにつながる奇妙なものを切り取るスタンスは、美大時代、世の中にあるさまざまな分断や断絶を見てきたことで養われたといいます。

「特に自分みたいに、そもそもやっていることがマニアックだと、なおさら多くの人に届くということが大事だと思うんです。別に何かを切実に伝えたいわけじゃないんですけど、ただそれを限定的な人たち、わかっている人たちに向けてやって、そこで褒め合うより、まったく関係のない場所にポンと放り込んでみたほうが全然違う反応があるのかなと。もし、ぼくがアート系の写真集しかやらなかったら、お茶の間の子どもやおばあちゃんには永遠に届かない。そういう断絶を取り払って、ぐちゃぐちゃにしたほうが絶対面白いと思うんです」


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日本語でインターネット検索してもヒットしないような場所に出かけることもしばしば。画像や情報が一切出てこない祭りや場所などがあり、世界で初めて佐藤さんが撮影に成功したという例も少なくありません。

「旅の準備は、暑い国だったらこの感じとか、寒い国だったらこのセットというふうに、自分のなかで4〜5パターンぐらいの用意があって、実はそんなに大変じゃないんです。あと、どんな秘境であっても自分のペースのまま行くことを心がけていて、海外向けの自分になるんじゃなくて、このまま行ってこのまま帰ってくる。移動中もすごく細かく眠りますし、長年、旅を続けているうちに自然にそうなりました」

ちなみに、服は一回買って気に入ったら、次にまとめ買いするタイプで、普段は同じような格好ばかりしているとか。取材当日に着用してもらった+CLOTHETのスビンプラチナムの「Micro Pile Big T-shirts」の感想を尋ねると「すごくよかったです。店頭でこのTシャツを見かけたら、おそらく気になって手に取っていたと思います」という答えが返ってきました。いつも選ぶのはだいたいかたちは決まっていて、Tシャツの場合は大きめが好き。それに加えて、何か一要素あるのが決め手になるそうで、今回はマイクロパイルのやさしい肌触りが佐藤さんの琴線に触れたようです。


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遠い国の奇妙なものを撮る。そんな活動を20年以上続けてきた佐藤さんが大切にしていることのひとつが、奇妙になった歴史の経緯です。エリア51がUFO基地と呼ばれるようになった理由や、トルクメニスタンにある炎が立ち上る天然ガス田「地獄の門」、最新刊の写真集『PYRAMIDEN』(朝日新聞出版)の撮影で訪れた世界最北のゴーストタウン「ピラミデン」など、その歴史を知ることで見えてくるものがあります。

「不思議な風景でも、歴史を調べてみるとなぜそうなったのかという因果のようなものが垣間見えてきて、最後はその理由に行き当たるんです。例えば、ピラミデンは北極圏にあるスヴァーヴァル諸島のスピッツベルゲン島にあるかつての炭鉱都市ですが、スウェーデンによって開発され、その後、旧ソ連に売却された歴史があります。街の背後には壮大な氷河が控えていて、社会主義的な住宅群が立ち並んでいる。北極という圧巻の自然の中にあることも、どこか虚構めいた異様さを際立たせていました。でも、歴史を見ていけばどうしてこういう景色になったのかがわかるんです」


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写真集『PYRAMIDEN』より。©︎KENJI SATO

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写真集『PYRAMIDEN』より。©︎KENJI SATO

映像と比べ、情報量が圧倒的に少ないからこそ、逆に伝わってくる迫力と生々しさ。佐藤さんの作品には、インターネットの普及で、ある種、不思議なものがなくなってしまったいまの時代に、見る人の想像力を喚起し、感情を揺さぶる何かがあります。

「撮影対象の選び方ですか? 難しいですね。明確な基準があるわけではないのですが、映画でも本でも、最後に頭の中に巨大な疑問符が浮かぶものが好きなんです。やっぱり究極的に面白いのは、理解できないものだと思っていて。何かの真相を暴きたいと思っているわけじゃないけれど、わからないものに出合いたいから旅に出る。ただ、どんなに目の前にすごいものが現れても、近づくことで、少しでもそれを理解したいという気持ちは常にありますね」

最初は突拍子のないものに思えたものでも、撮影を続けていると、そうなった原因がおぼろげながらわかるようになってくると佐藤さんはいいます。尽きることのない好奇心と探究心。佐藤さんが見つめるのは、ただ奇妙なだけではない、人間の根源とその普遍性です。

「こういう写真を長く撮っていると、そもそも奇妙とは何だろうという疑問が浮かんでくるんですが、いつも考えているのは、何が彼らと違うのかじゃなくて、何が同じかということ。細かな部分をつぶさに見ていくと、実は断絶している、自分たちとは無関係だと思っている奇妙なものとの間に、文化や民族的なグラデーションが存在するのが見えてくるんです」

佐藤さんが切り取る一枚の写真の向こうにあるのは、奇妙な世界と自分たちが普通と信じて疑わない目の前の日常とのつながり。東南アジアのある部族の祭りを見ただけだと、自分たちとの接点を見出せないけれど、日本の離島の祭りにも似たような文化があって、それがわかればまた違う見方ができるかもしれない。カメラ片手に旅の経験を重ね、それを通して育んだ想像力を駆使してみると、そこには断絶のないすべてどこかでつながっている世界が広がっていました。

「結局、奇妙というのは相対的なものであって、奇妙と言い切れる人や場所は世の中に存在しないんです。日本にいる自分たちには奇妙に見えても、その土地で暮らすたちにとってはそれが当たり前の営みであり、文化だったりする。例えば、アフリカの呪術と聞くと、信じられないかもしれないけれど、実は日本のコンビニに並ぶ占い本と原理的にはそんなに変わらないわけで、そこに共通する人間の普遍性みたいなものがあると思うんです。そういう感覚を、ぼくの作品を通じて感じ取ってもらえたらうれしいですね」


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佐藤健寿
写真家。世界各地の“奇妙なもの”を対象に、博物学的・美術学的に撮影。写真集『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は異例のベストセラーに。ほか著書に『THE ISLAND-軍艦島』『世界』(朝日新聞出版)、『奇界紀行』(KADOKAWA)、『TRANSIT 佐藤健寿特集号』(講談社)、『世界伝奇行』(諸星大二郎との共著/河出書房新社)など。TBS系「クレイジージャーニー」ほか出演多数。現在、群馬県立館林美術館で「佐藤健寿展 奇界/世界」を開催中(~2023年9月18日)
奇界 | 奇界遺産・佐藤健寿 公式サイト
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Photos: Tohru Yuasa



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