My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常- vol.2

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Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないのに、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

ファッションで時代を読み解くヴィジョナリー
ファッションデザイナー・石川俊介|No.02

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東京の下町情緒が微かに残る中目黒。「marka」や「MARKAWARE」「Text」といった人気ブランドを手がける石川俊介さんのオフィスは、直営店「PARKING」が入居するビルの上階にありました。移転して間もないというここは、必要最低限のものしか置いていないシンプル極まりない空間。「ITベンチャーみたいでしょ?」と笑顔で迎えてくれた石川さんの創作活動の原点とは?

「こうでもしないと、求人しても若いコが来てくれなくて(笑)」

冗談めかしてこう話す石川さんですが、その背後には日本のファッションに対する危機意識があります。思春期でファッションに目覚め、大学時代には知人のショップで国内やアメリカでスニーカーや洋服の買い付けに奔走。その後、アメリカ留学を経て、経営コンサルティング会社に就職したものの、ファッションへの情熱が日増しに膨らみ、退社を決意します。

「ファッションに興味をもったのは、パンクやモッズといったロンドンカルチャーがきっかけでした。そのときはセックス・ピストルズに憧れてセディショナリーズのガーゼシャツなども着ていましたが、アメカジの洗礼を受けてからはヘインズのパックT、10年ほど前はJ.クルーのポケットTをよく買っていました」


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実家が自営業だったこともあり、起業に迷いがなかったという石川さんにとって、学生時代にスニーカーや洋服を探し回った日々が、アパレル業界に参入する強烈な原体験になったのは間違いありません。いったん就職しようと思ったのも、経営の基礎を実践から学ぶため。そして独立後、ショップを開業するつもりで、それまで住んでいた兵庫から上京します。

「そこから紆余曲折あって、自身のブランドを立ち上げることになったんです。さらに、想定外だったのが、ほかの人に任せようと思っていた服づくりまで自分でしなければならなかったこと。本当にわからないことだらけだったので、まずは服飾専門学校の教科書を買ってくるところからスタートしました(笑)。デザインはやりながら覚えましたが、素材に関しては生産背景を自分の目で確かめたかったので、現場の人たちから教えてもらいながら学んでいった感じです」


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国内の工場に足繁く通ううちに痛感したのが、繊維産業が直面するさまざまな課題でした。石川さんが自身の会社「Exitence」を設立した2001年前後は、大手アパレル企業がコスト削減のため、海外へ生産拠点を移行させていたころ。産業の空洞化が進み、職人の高齢化や後継者不足の問題もあり、日本のものづくり文化の衰退が危ぶまれるようになった時期と重なります。


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「当時はまだ、日本でしかできないことがいっぱいあったんですよ。ほかの国にはない古くからの技術も残っていて、繊維原料を除くと、糸をつくるところから製品加工するところまで全部揃っている。小ロットでも面白いものがつくれるのに、その灯を消したくないという思いもあって、ブランドを立ち上げるときに“メイド・イン・ジャパン”をコンセプトにすることを決めたんです」

石川さんの手がけるブランドの商品タグには、原料原産地をはじめ、服づくりにかかわるすべての工場名が記載されています。いまでこそアパレル業界でも、トレーサビリティと透明性の確保に取り組むブランドが出てきましたが、石川さんがそれを意識し始めたのはずっと前。こうした考えは、ファッションより先行していた食の世界に影響を受けてのことでした。


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「アパレル業界のサプライチェーンは、さまざまな仲介業者が介在するのが一般的で、思っている以上にとても複雑です。そのため、すべて追跡しようとすると難しいのが実情ですが、ぼくたちは工場と直接やりとりすることで、それを可能にしています。工場で働く人たちのエンパワーメント(自信を与える)になって、お客さんの安心にもつながる。それに、いまの若いコたちはそういうことにも敏感だし、ファッションへの信頼がなくなったら新しい世代が育ちませんから」


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そんな石川さんが次に目を向けたのが、素材のもととなる繊維原料がどのような環境で育てられ、どんな人たちがつくっているのかを知ることでした。きっかけは2011年から1年間、サードウェーブのコーヒーとチョコレートのお店を開いたことだったといいます。

「カカオハンターの小形真弓さんのカカオ豆を使って“Bean to Bar(※1)”のチョコレートを販売していたとき、彼女がコロンビアの農園に行って農家の人たちと話し合い、カカオを育てているというエピソードを聞いて、自分の考えがそこまで及んでいなかったことに気づいたんです。自分のつくる服に対してきちんと責任をもつには、原料の調達まで踏み込む必要がある。そうしないとフェアトレードのコーヒーやチョコレートを売っているのも嘘になってしまう気がして」

※1)カカオ豆からチョコレートバーになるまで一貫して生産を行うこと。


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●PRAKING  東京都目黒区中目黒1-3-8 渡辺ビル1F   TEL:03-6412-8217  営業時間:12:00〜20:00  定休日:水曜日

興味が湧いてしまうと、昔からいても立ってもいられない性分。以来、インターネットと周りのネットワークを駆使して海外の繊維産地の情報を収集し、気になった農場には直接連絡をして、ひとり現地を訪れる旅を繰り返します。インドやモンゴル、ペルー、アルゼンチンなどの世界各地を巡り、それが実を結んだのが2019年。“Farm to Closet(農場からクローゼットへ)”をテーマにしたブランド「Text」の誕生でした。

「素材づくりからデザインが始まっているというのが、ぼくの基本的な考え方。Textという名前には、素材(Textile、Texture)へのこだわりや、その背景(Context)にある物語を伝えていきたいという思いを込めています。Textではメイド・イン・ジャパンという枠組みにとらわれず、もう少し柔軟にサスティナブルなものづくりに取り組んでいこうと思っています」

最近はインドネシアにも足を運んでいるそうで、向こうではTシャツとウールのスラックスにスニーカーというのが石川さんの定番スタイル。ただし、石川さんにとって、Tシャツはアンダーウェアという意味合いが強く、天然素材でできた着心地のいいものがその条件だと語ります。


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「超長綿を使った80番手(※2)クラスの糸で、できれば双糸(※3)でできたもののほうがいいですね。ぼくはTシャツにもアイロンをかけるんですが、単糸だと生地がねじれてしまってアイロンがけがしにくいので、脇がきちんと揃ってくれるTシャツが好きなんですよ。80番手双糸だと薄いので、着心地を含めて上に着るものにあまり影響しないのもお気に入りの理由。ここ最近はサンスペルのTシャツを年中着ています」

※2)番手は、紡績した糸の太さを表す単位。一定の重量に対して長さがいくらあるかで表し、綿番手、毛番手、麻番手などがある。番手数が大きいほど糸の太さは細くなる。
※3)双糸は2本の糸を撚り合わせて1本にした糸のこと。単糸は紡績した1本のままの糸を指す。

事前に渡した+CLOTHETのポケット付き「Big T-shirt」(※4)を着てみた感想を尋ねると、素材に精通する石川さんらしい答えが返ってきました。

※4)取材時に着用。

「ぼくはスビンの柔らかさを生かすには、横編みのニットにするのがいちばんだと考えていたんですが、細番手の糸をこれだけ高密度に編み上げると、とてもいいものができると実感しました。やはりポイントはスビンという原料。超長綿なので肌触りは格別なものの、天竺編みにすると柔らかくなり過ぎてしまいます。それをスムースにして二重にすることで、かたちや質感がしっかりとしたものになっている。個人的にはもう少しドライな感じのほうが好きなんですが、これはこれで素晴らしいと思います」


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プライベートでは10年単位でライフスタイルをリセットするという石川さん。20代でビジネスの基礎知識を貪欲に吸収し、30代は起業した会社を軌道に乗せるために力戦奮闘。少し余裕が出てきた40代では都会とローカルの二拠点生活を実践し、コロナ禍と同時に突入した50代では別荘やクルマをすべて手放して都心での生活を始めました。さらに、ワードローブもそのつど刷新。「marka」「MARKAWARE」「Text」と徐々にブランドが増えていったのは、年齢を重ねるにつれ、自分が着たいものとズレが生じてしまったのが原因のひとつだったと説明します。


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石川さんが次の時代を読み解こうとするとき、常にヒントを与えてくれるのが世界中を旅することと、食を取り巻く深遠なカルチャー。街角の光景や人々の息遣い、風の音、土の匂い、そしてその土地に根ざした料理の香りや味わいなど、現地では当たり前のように営まれている暮らしと、そこに芽吹いた小さな兆しが石川さんの五感を刺激します。

50代に入ってすぐにスタートした「Text」は、労働環境の改善や工場や生産者への支援といった、さまざまな社会課題をファッションの力で解決しようとする、いわば壮大な実験。これは大量生産・大量消費社会への反骨精神からくるカウンターであり、時代が転換するサインをいち早く察した石川さん自身の挑戦ともいえます。

ただ、そうはいっても、自らの手で未来を変えるという使命感だけが原動力なわけではありません。ファッションのつくり手としての責任を感じている一方で、石川さんを突き動かしているのは、実際にこの目で見てみたい、体験してみたいという圧倒的な好奇心。それが原点にあるからこそ、いつも前を向き、自分の信じた道を進んでくることができたのです。

「Textでは、ぼくがいまいちばん着たい服をかたちにしています。素材へのこだわりもそうですが、サスティナブルであるために、まずはお客さんに喜んでもらえるものをつくって、売れ続けることが大事。思い立ったらすぐ行動に移せるのがスモールビジネスのメリットですが、社会に利益を還元するためにはある程度の規模がないと世の中にインパクトしません。だから、いかに迅速にこの状況から脱却してビジネスをスケールさせるか。いまはその実現に向けて試行錯誤している最中です」

ファッションにおけるサスティナブルとはなんなのか、いまだ決まりきった答えはありません。だからこそ自由に歩いていける。そんな果てしのない旅を、石川さんは今日も楽しみながら続けています。


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石川俊介
1969年兵庫県出身。大学時代、1年間のアメリカ留学を経て、経営コンサルティング会社に勤務。退社後、2002年にウィメンズブランドとして「marka」をスタート。07年からメンズコレクションを開始し、09年より「MARKAWARE」と2ラインで展開。11年に東京・中目黒に直営店「PARKING」をオープン。19年よりサスティナブルな服づくりを行うブランド「Text」を始動。

Photos: Tohru Yuasa



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