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以前の記事では「テックウール®︎」の成り立ちを紹介しましたが、同様の発想から+CLOTHETの経営母体である繊維専門商社がこれまでにない価値づくりのために取り組んできた素材があります。今回はその「テックツイード®︎」の開発に至るまでのストーリーを探るため、世界有数の毛織物産地・尾州(※1)にある協力工場を訪ねました。 ※1)愛知県一宮市、稲沢市、津島市、名古屋市と、岐阜県羽島市を中心とした地域。毛織物の国内生産量の約8割がここで生産されている。
木曽川流域の豊かな自然環境に恵まれた尾州は、麻、絹、綿、ウールと時代に合わせて変遷しながら、古くから繊維の一大産地として発展してきました。特に、明治時代以降に広まったウールは、イタリアのビエラやブラートなどと並び称されるほど高いクオリティを誇り、世界的にも知られています。
愛知県と岐阜県の県境を流れる木曽川流域は、絹の生産に必要な桑畑や綿花畑に適した土壌が豊富であり、遥か奈良時代の昔から繊維産業が盛んな地域でした。
そんな毛織物の産地にあって、ポリエステルやナイロンを中心に展開する「カワボウテキスチャード」は異端児とも呼べる存在です。もともとはウールをはじめとする天然繊維も扱っていましたが、約50年前から化学合成繊維の研究・開発に力を入れ始め、現在ではさまざまな特性をもつ高機能糸を生産できる体制を整えています。+CLOTHETの運営会社が、カワボウテキスチャードにポリエステルの糸で「ハリスツイード(※2)」のような素材をつくりたい、という相談をもちかけたのは5年ほど前。ウールと合繊の両方の特性を熟知した同社が長年蓄積してきたノウハウと技術力を見込んでの依頼でした。※2)スコットランドのアウター・ヘブリディーズ諸島発祥のツイード生地。ヴァージンウールを使用して、島内で染色・紡績をし、職人が自宅で手織り(人力織機を使用)した粗く厚い毛織物を指し、島の自然を投影した美しい色彩や柄を特徴とする。
カワボウテキスチャードがあるのは岐阜県羽島市。JR岐阜羽島駅前には大きく「せんいの街」と書かれた看板と、江戸時代初期の僧侶で「円空仏」と呼ばれる木彫りの仏像で有名な円空上人(羽島は円空生誕の地)の巨大像が。
昔ながらのツイードは素朴でどっしりとした風合いのものが多く、丈夫で長持ちする半面、体になじむまで時間がかかります。いまでは薄くて軽いものが主流になっているとはいえ、それでも日本の気候を考えると、そこまで重厚感がなくていいとか、粗く固い素材に抵抗があるという人は少なくありません。ただ、ツイードには独特の風合いをはじめ、季節感の表現などの面で根強いファンがいるのも事実です。
カワボウテキスチャードの川島和之社長は、常に時代の先を読み、新たな分野に挑戦するとともに、原糸の調達から糸加工、織物・ニット製造まで一貫した「ものつくり」ができるのが自社の強みだと語ります。
テックツイード®︎の開発は、およそ1年である程度のところまで到達できたものの、そこから改良を重ね、現在のかたちになるまでかかった月日は丸2年。というのも、素材づくりは実際に製品にしてみないとわからない部分が多く、糸の段階では想定していなかった不具合が生じることが珍しくないからです。
工場内に並べられた加工前のポリエステル原糸。カワボウテキスチャードはポリエステル糸の加工技術と豊富な品揃えでは国内トップレベルの合繊メーカーとして知られています。
「表面がツルツルしたポリエステル糸を紡毛のようにするためには、まずは生糸の段階でかさを増して使いやすくするエアー加工(※3)や、仮撚(かりより)加工(※4)といった、さまざまな特殊加工を組み合わせて最適解を見つける作業が必要です。原料の糸が同じでも、加工の仕方によってまったく違う性質の糸になってしまうため、そのレシピの配合が最初の難関でした」と言うのはカワボウテキスチャードの川島和之社長です。 ※3)空気で2本以上の糸を絡める加工方法で、撚りをかけずに圧縮空気をフィラメント(長繊維糸)に吹きかけて結束させる。 ※4)フィラメントに撚りをかけた状態で加熱し、再び撚りを戻す工程を連続して行う加工。かさ高で伸縮性のある糸ができる。
カワボウテキスチャードでは捲縮性(縮れ)の少ない糸や、優れた伸縮性をもつストレッチ糸など、特殊な特徴を備えた製品加工を得意としています。仮撚加工のための機械をはじめ、糸加工に関するほとんどの機械は独自の改造をして使っているそう。
さらにいい糸ができたと思っても、初めての取り組みのため過去のデータには頼れません。例えば、ツイードをつくるには仕上げの工程で起毛機を使い、生地の表面を毛羽立たせる作業が不可欠ですが、原料がウールの場合は針金で掻けば掻くほど風合いが増したり、柔らかくなったりするのに対して、ポリエステルはウールよりも糸質が硬いため、ウール用の起毛機で同じような処理をすると針金が折れるなど、工場の設備にトラブルが発生してしまう可能性があります。 そうなると、糸そのもののつくり方を変えてみたり、毛羽を出しやすくするための加工を試してみたりと、行きつ戻りつの繰り返しです。それでも完成に漕ぎ着けられたのは、合繊を主力にしながらも尾州を拠点するカワボウテキスチャードのウールに対する矜持と、+CLOTHETの運営会社でこの素材の企画・開発を担当した宮原慧のこれまでにない素材を見たいという情熱があったからでした。
「糸自体でツイードの起毛した感じやムラのある深い色合いを再現するのはそんなに難しくないのですが、それを撚って織りやすい糸にしたり、織る工程やその後の加工、さらには縫製をして製品にした段階で強度が足りない、毛玉になるといった問題を一つひとつクリアにするのに、予想以上に時間がかかってしまいました」と川島社長。 また、ツイードの風合いを表現しようと思うと、生地を粗く織らないといけません。しかし、ポリエステル糸は毛羽があり糸同士が絡む天然繊維と違い、表面がツルツルした長繊維。強度を上げるために織り密度を高めてしまうと、今度はポリエステルのよさである軽さが失われ、コスト面でも折り合いがつかなくなってしまいます。そのため、すべての原点となる糸の加工が何よりも重要でした。 宮原は言います。「世間ではポリエステル=安価というイメージがありますが、そういう常識を覆すような素材をつくることができれば、従来品より高くてもニーズは必ずあると思ったんです」と。
ウール原料を分析して100%ポリエステルでつくったテックツイード®︎は、ウールでは表現できなかった軽さやシワになりにくさを備え、裏地を省いた一枚仕立てのジャケットにしてもチクチクしないといったメリットがあります。さらに家庭で手洗いできるイージーケア性や、あとから加工を施すことでさまざまな機能を追加することができるため、ファッションの可能性を広げる新素材として注目されています。
写真のヘリンボーンをはじめ、ハリスツイードをイメージした多色使いの英国の伝統柄もラインナップ。裏地のない軽やかな一枚仕立てにもかかわらず優しい肌触りを実現しています
さらに、この秋にはツイード生地、カットソーに続き、これまでテックツイード®︎で開発した糸を応用したニットが+CLOTHETから初登場。ボリュームのある紡毛をポリエステル糸に置き換えることで特有の重さを軽減するとともに、柔らかな肌触りにすることができました。テックツイード®︎の躍進は、今後どれだけこうした横展開の幅を出していけるかがカギ。そのために+CLOTHETでは、今日も未来を切り拓く機能素材の可能性を模索し続けています。
Photos: Tohru Yuasa
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