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「食品ロス」が大きな社会問題となっていますが、ファッション業界でも「衣服ロス」の問題は深刻です。ファッションビジネスサイト「小島ファッションマーケティング」の調査によると、2018年に日本国内市場に出回った衣服約29億点のうち、15億点以上が売れ残り、そのほとんどが廃棄処分されているといいます。では食料品と違い、賞味期限・消費期限のないファッションの世界で、なぜロスが起こってしまうのでしょうか?環境庁は、2020年12月〜2021年3月に日本国内で消費される衣服と環境負荷に対する調査を実施し、その結果をもとに「ファッションと環境の現状」として、国内アパレル供給量が増加している一方で、衣服の一枚あたりの価格は年々安くなり、市場規模が縮小していることを指摘しています。衣服ロスには、より多くの衣服を売るために過剰生産してしまうことや、トレンドの急激な変化など、さまざまな理由がありますが、その多くはファッション業界が抱える構造的な問題と関係しているため、なかなか変革が進まないのが実情です。さらに2000年代に入ってからはファストファッションが台頭し、目まぐるしいペースで大量の衣服が消費されるようになったのも大きな一因と考えられます。
+CLOTHETを運営するのは、生地の企画から製造、販売まで行うテキスタイル事業を主力にする繊維専門商社。生地サプライヤーとして、メーカーやブランドとのB2B(Business to Business)の取引を中心にしているため、こうした問題を自分たちだけで改善するのが難しい立場にありました。
そのためのアクションのひとつが+CLOTHETの立ち上げです。時代性は大切にしながらも、企画段階から長く着られることを前提にした服づくりを行い、セールや売れ残りのロスを見込んだ原価率の切り詰めは絶対にしない。それは従来のファッション業界の常識では考えられない挑戦でした。ただ、+CLOTHETを運営するのは国内のファッション市場におけるテキスタイル部門で、業界トップシェアを占める商社。扱う生地の量が膨大な分、ロスは避けて通れない問題です。スワッチ(生地見本)で「THE LIMITED EDITION」の長袖Tシャツに採用するミラノリブの手触りをチェック。ウィメンズのコレクションでは、同じ生地でも微妙な色違いで多数のバリエーションを用意しておくことが多いため、在庫が生まれやすいのが悩み。
生地ができるまでには原材料の調達から紡績、染色、織布、整理(仕上げ)加工など、さまざまな工程があり、長い時間を要するうえ、生産ロットが非常に大きく1ブランドだけでは消化し切れない数量が必要となります。ところが、それだと移り変わりの速いトレンドについていけず、ビジネスチャンスを逃してしまうことがたびたび起こり得ます。そこで+CLOTHETを運営する商社がとった施策が、クライアントの要望をあらかじめ汲み取り、前もって生地を準備しておくことでした。
メーカーやブランドが欲しい生地を、欲しいタイミングで、欲しい数量だけ供給できれば、製品をつくり過ぎる衣服ロスの抑制につながるだけでなく、彼らにとっても販売機会の損失を未然に防ぐことが可能となります。多くの同業他社が受注生産での対応を主流にするなか、発注のあった翌日には出荷が可能な圧倒的なスピードが強みとなり、+CLOTHETの運営会社は急成長。しかし、このシステムは予想が外れれば、用意していた生地が在庫になってしまうリスクをはらんでいます。しかも、変化の少ないメンズファッションと違い、常に新しいものを追い求めるウィメンズの世界では、今月ヒットした生地が来月には見向きもされなくなってしまうことも珍しくありません。
最近では余剰分を出さないために、生地の前段階である糸や、生地にしても染色しない状態でのストックを増やすといった体質改善を図りながら、環境負荷の少ない生地の研究・開発に力を入れるなど、さまざまな努力を積み重ねていますが、長年かけて確立してきたやり方を、いますぐ全面的に変えるのは難しいのが実情です。
そんな状況を少しでも打破するために立ち上がったのが、+CLOTHETの企画を担当する岡田敏雄と浅野聖史でした。以前からテキスタイル部門のスタッフたちが自信をもって世の中に送り出したのに、行き場のなくなってしまった自社の生地を「もったいない」と感じていたふたりは、+CLOTHETを媒介にして、それらに新しい命を吹き込めないかと考えます。
昨今のジェンダーレス化の影響もありますが、生地においてメンズ用、ウィメンズ用という性別の垣根を取り払ってしまえば、使える在庫のバリエーションは倍以上。余っている生地も、見方を変えれば希少な生地と言い換えられます。また、+CLOTHETの服を買ったことがない人でも手に取りやすいように、素材やシルエットへのこだわりは変えずに手のかかる仕様を簡素化して、レギュラーの商品より価格を抑えることにしました。
ポリエステルレーヨンのミラノリブを使った新作の長袖Tシャツは、サーマル風の雰囲気。サンプルの時点では凹凸のある素材感からニットをイメージして袖口と裾にリブを付けることを検討していましたが、量産時は省略することに。
「THE LIMITED EDITION」では、通常のコレクションと同様に、素材ありきの発想が出発点。普段の業務では見逃していた生地との出合いから、予期せぬ新しいアイデアが生まれるのがこのプロジェクトの醍醐味です。過去6アイテム(※1)を発売しましたが、販売数が生地の在庫量によって決まるため、追加生産のできない限定商品であることも、その独自性を際立たせています。※1)第一弾は2WAYストレッチ素材のトラウザーズ、第二弾はストレッチポンチ素材の長袖Tシャツ、第三弾はコンパクトジャージー素材とウール混2WAYストレッチ素材のトラウザーズ、第四弾では、強撚スムース素材と天竺素材のTシャツを発売。
生地選びは、+CLOTHETチームでの企画の持ち寄りや、他部署からの提案からスタートことが多く、相当数の候補のなかから絞り込んでいきますが、それでも最終的に残るのは1シーズンあたり3〜4型程度。ロス改善のための取り組みであっても、あくまでもそれは目的のひとつであり、+CLOTHETとして納得できるものにならなければ製品化しないため、必然的に型数が少なくなってしまうのです。
今シーズンはトラウザーズやジャケットなどにも使えるハリのあるコットンポリエステルの生地を使ったビッグTをネイビーとブラックで展開。そのほかにも、本来はウィメンズ用に開発されたベージュとブラックのミラノリブ(※2)を長袖Tシャツにアレンジしました。ベーシックな生地が主流の+CLOTHETのなかでは、いずれも少し意外性のある組み合わせで、新鮮な表情に仕上がっています。※2)ニットの編地のひとつで、袋編とゴム編を交互に組み合わせた編地を指す。伸縮性が少なく、しっかりとしているため、アウターなどにも使われる。
サンプルづくりを何度か行い検討した結果、最終的にビッグTは胸ポケット付きの仕様に。ミラノリブの長袖Tシャツは素材の面白さを味わって感じてもらうために、ごくシンプルな顔つきに仕上げました。
ファッション業界はいまがまさに転換期。問題は山積みですが、何もしないままで状況が好転することはありません。まずは意識を変えて、ファッションのあり方をもう一度見つめ直してみること。そして最初から完璧であることを目指さずに、いまできることから始めてみよう、というのが+CLOTHETの考え方です。サスティナビリティへの取り組みも、ポジティブに考えれば楽しめる部分は盛りだくさん。生地との偶然の出合いから生まれる「THE LIMITED EDITION」は、つくっている本人たちですら、常に新しい発見があるのが刺激になっています。本来は行き場を失っていた生地が、新しい価値をもって生まれ変わる。そんな奇跡の物語を共有できる人たちが増えていけば、未来が変わるきっかけになるかもしれません。
Photos: Tohru Yuasa
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