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※1)ビジネス環境や市場、組織、個人などあらゆるものを取り巻く環境が変化し、将来の予測が困難になっている状況を示す造語。「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」という、4つの単語の頭文字からなる。
少し前の記事で、+CLOTHETの経営母体が繊維専門商社であることに触れましたが、実際にそうした会社の仕事の内容まで知る人は多くないと思います。そこで今回は、主力事業のテキスタイルビジネスが、+CLOTHETの服づくりにどんなふうに関連しているのか、スタッフの日常を追いかけながら読み解いていきます。
母体であるスタイレム瀧定大阪は、その名のとおり本拠地が大阪。糸や生地の企画・開発に携わるテキスタイル部門のスタッフの多くが、週のうち2日は大阪本社で協力関係にある日本全国の糸や織・編み工場と打ち合わせを行い、残り3日を東京オフィスでの販売や、国内に点在する繊維産地への出張などに費やしています。
大阪での仕事は、自分たちがつくりたい糸や生地のイメージを工場と共有し、次にそれに応えた試作品を持って来てもらうことが中心。そうしたキャッチボールを繰り返しながから、徐々に理想のかたちに近づけていきます。一方、東京での主な業務は、クライアントへの営業です。スタイレム瀧定大阪では、糸や生地を企画したスタッフが販売まで一貫して行うことが多く、その分、一人ひとりのやりがいや責任が大きいともいえます。
東京オフィス内のスワッチギャラリーでは、約2,000種類の生地見本を展示。月ごとにサンプルの入れ替えを行い、また商品の在庫状況をリアルタイムで照合できるサービスも実施しています。
仕事の進め方は、クライアントとのコミュニケーションのなかから、相手が望む生地の手がかりを探し、それをイメージしてアイデアを膨らませていくケースがほとんど。取引先がコレクションの製作に取り掛かるおよそ1年前から糸の開発を進め、その後2〜3カ月かけて生地にしていきます。しかし当然のことながら、すべての提案が受け入れられるわけではありません。10割バッターがいないように、快音を響かすときもあれば、空振りするときもある。そうしたリスクを回避するためには、あらかじめいろいろな引き出しをもっておくことも大切です。
同じ糸からいく通りもの生地がつくれれば、最初の試みが失敗に終わっても、リベンジのチャンスはいくらでもあります。そのためにテキスタイル部門のスタッフは、常に世の中の動向に目を配り、顕在化していないニーズを見つけ出すことに注力しています。生地づくりで大切なのは、未来を見据える力。トレンドの先を読み、本当に社会に求められるものを見極める審美眼が必要なのです。
そんな洞察力と提案力が必要とされる世界で、長年、スキルを磨いたのが+CLOTHETの立ち上げメンバーである岡田敏雄です。岡田は入社後、オーダーシャツ用の高級生地の輸入・販売に始まり、カジュアルウェアの生地の開発・販売など、約15年間、メンズ畑一筋で、テキスタイル部門の営業を担当してきました。
当時は、海外に追いつけ、追い越せの時代。インポートブランドの商品を定点観察しては、こんな生地をつくりたい、と協力工場とともに世界に通用する品質を目指していましたが、会社全体の風向きが変わったのは2000年代後半ごろ。「プルミエール・ヴィジョン(※2)」に出展して、国内外のハイエンドブランドから高評価を得たのをきっかけに、取引先がワールドワイドに拡大していきます。 ※2)パリで年2回開催される世界最高峰の国際的なテキスタイル見本市。
東京オフィスの近くにあるサンプルを保管するストックルームで、+CLOTHETのコレクションを手にする岡田。メディアからの取材やリース依頼なども、すべて自分たちで対応。
しかし岡田は、良質な生地さえ売っていれば安泰でいられる時代は、そう長く続かないという危機感を抱いていました。そこで、ウィメンズに続きメンズでもOEM(※3)に乗り出すべきだと上司に提言。アパレル製造の経験はなかったものの、すでに縫製工場とのネットワークを築いていたこともあり、生地で実績のある自分たちが商品企画まで行えば必ず受け入れられると目論んで、それを行動に移します。 ※3)「Original Equipment Manufacturing(Manufacturer)」を略した言葉で、製造メーカーが他社ブランドの製品を製造すること(あるいはその企業)を指す。
そして会社から承諾を得ると、すぐに社内から7〜8人の有志を募り、テキスタイル部門の営業と掛け持ちしながらメンズのOEMをスタート。ところが、いざ始めてみると上手くいかないことばかりで、無力感に陥ってしまうことも少なくありませんでした。しかし途中、パタンナー経験のある浅野聖史がチームに加わったあたりから、メンバーの意識が少しずつ変わっていきます。生地を見ただけで、最終的な商品のかたちまでイメージできる浅野の存在が刺激となり、プロジェクト全体の推進力が増していったのです。
東京オフィスの岡田のデスクには、できあがったばかりの試作品や生地見本などがずらり。生地寄りの発想が多い岡田にとって、縫製や仕様などついて気兼ねなく相談できる浅野(右)は心強いパートナー。
またこの時期、どんな服が市場に受け入れられるのかを学んでいく過程で、自分たちの得意領域をあらためて認識できたのも収穫でした。というのも、アパレル業界では複雑なサプライチェーンが当たり前になっているため、生産の現場にまで目が届きにくいのが実情です。しかし、品質管理のために定期的に工場に足を運び、技術指導を行っている繊維専門商社なら、良質な生地の提供だけでなく、縫製や仕様などへの細やかな配慮を強みにできるのではないか。こうして、シンプルだけれど細部にこだわりを凝縮した服、というコンセプトが一歩ずつ固まっていきます。
そんなOEM経験を経て、岡田が+CLOTHETの始動を決意したのは、せっかく目の前に素晴らしい生地や、優れた技術力をもった工場があるのに、思うように商品化できないジレンマがあったからでした。相手先あってのビジネスでは、商品によってかけられるコストがだいたい決まっているため、こうした問題を自分たちだけで解決することは不可能です。それでも、プライドをかけてつくった生地を消費者のもとに届けるために、岡田はできることを考え続けました。
岡田、浅野、小林千里(中左)のメンバーで、毎週1回ミーティングを実施。この日は、大阪から出張してきたテキスタイル担当の山下秀太郎(左)と、+CLOTHETの次の生地開発についての打ち合わせ。
早く次のステージに進みたい、という気持ちはありました。一方で、せっかく軌道に乗ったOEMのやり方を自ら否定することになるのではないか、という迷いや不安があったのも事実です。ただ、常々感じていた壁を突破するには、外部要因に左右されず、自分たちがビジネスの主導権を握れる自社ブランドをつくるしかありませんでした。さまざまな思いが交錯するなか、それでも自分たちの気持ちに正直でいたいと思ったのは、いずれ訪れる大きな変化に準備しておかなければ、という切迫感があったからかもしれません。
テクノロジーの進化は、今後もさまざまな業界で多くの淘汰を引き起こすと予測されています。アパレル製造の世界も例外ではなく、革新的な技術をもった「ディスラプター(※4)」の参入により、数年後にはプレイヤーががらりと入れ替わっている可能性があります。しかし、どんなに時代が移り変わったとしても、ファッションの核をなすのは感情を揺さぶるエモーショナルな部分。そう信じるがゆえ、岡田は自らの存在意義を問い直し、自分たちが変わり続ける道を選んだのです。 ※4)破壊的イノベーターとも呼ばれ、デジタルテクノロジーを駆使して既存事業に進出し、それまでの業界の秩序やビジネスモデルを破壊するプレイヤー(主に、ベンチャー企業)のこと。
+CLOTHETの服づくりは、第一線で活躍するテーラーからの情報をもとにサンプルをつくり、それを一緒にチェックしながら修整を加え、完成度を高めていくのが特徴。右はジャケットテーラーとして、パターン、デザインを監修する吉田泰輔氏。
原価率を極限まで上げてでも、自分たちが納得するものだけを提供するのは、いまだけではなく、将来のビジネスを見据えてのこと。もともと商社には、売買仲介型のトレーディング事業を柱にしながら、時代に応じてそのスタイルを変化させ、「付加価値」を追求してきた歴史がありますが、+CLOTHETがインターネットの台頭で再び湧き上がった「商社不要論」を逆手にとって、D2C(※5)モデルでファンと強固な絆を結んでいることは、皮肉めいていながらも、極めて今日的な現象といえるでしょう。 ※5)「Direct to Consumer」の略で、消費者とダイレクトに取引する販売方法を指す。
岡田は、言います。「すでにある糸や生地を買い付けるだけだったら、メーカーと工場が直接取引したほうが合理的です。でも、我々がその間に入る理由は、これまでに誰も見たことのない糸や生地をつくるため。弊社には、それを可能にするノウハウやネットワークを、150年以上かけて築いてきたという自負と実績があります」。新たな生地の可能性を追求する+CLOTHETの試みは、繊維専門商社のスタイレム瀧定大阪にとって、偶然ではなく必然。ここから、どんな大きな価値を生み出していけるのか、岡田と+CLOTHETのチャレンジは続きます。
Photos: Taku Kasuya
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