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赤道付近の熱帯地方に原生する「カポック」という樹木をご存じでしょうか。カポックの実から採ったワタは、これまでクッションやぬいぐるみ、救命胴衣などに使用されてきましたが、化学繊維の台頭とともにシェアが縮小。それが一転、現在アパレル業界ではこの繊維に注目する動きが加速しています。いま、なぜカポックなのか。+CLOTHETの目を通してカポック繊維のもつ可能性を読み解きます。
+CLOTHETのテキスタイル担当スタッフが「カポック」に出合ったのは3年ほど前。存在自体は耳にしていたものの、実物を見たのはそのときが初めてでした。実際に手にして、まず驚いたのは軽くて暖かな繊維質。すぐに調査を開始すると、カポックは繊維内部が空洞になっている比率が約80パーセントと極めて高く、重さはコットンの8分の1程度と超軽量で、この高い中空率によって保温性や吸湿性などさまざまな機能を備えていることが判明します。
当時はカポックに対する注目度もいまほど高くなかったころ。ほかにも、天然のシルクのような光沢やヌメリ、柔らかさといった特長があるものの、繊維長が短く捲縮性がないことから紡績するためには混紡が必要で、糸にしても繊維が抜け落ちるというデメリットがありました。ただ、逆説的にいうと、その機能を十分に生かした商品開発が進めば、新たな市場を開拓できる可能性は大いにあります。
カポックは生育が早く、発芽から4〜5年で結実し、樹齢5〜50年の樹木では1本あたり300〜400個の実がなるといわれています。収穫は木に登り実を枝から落とし、地面に落ちた実を拾って袋詰めしますが、それらはすべて手作業で行われます。
カポックは、南米やアフリカ、東南アジアなどに広く原生する樹木で、高さは10〜30メートルほど。大きなものは70メートルまで成長します。木の実からワタを採るため森林を伐採せず、しかも栽培に農薬や化学肥料を必要としないことから、環境負荷が小さい素材として知られ、活用が広がれば地域コミュニティの生計向上や、森林の保全・修復への貢献も期待されています。しかし取り扱いが難しく、衣服ではこれまでは商品化に至らないケースがほとんどでした。
日本ではかつて「パンヤ」と呼ばれ、寝具や救命胴衣の詰め綿として広く用いられていましたが、化学繊維や化成素材の台頭によって衰退。カポックよりも大量生産・計画生産が可能で使いやすいポリエステルやウレタンファームにとって代わられた過去があります。現在の日本においては、強い吸着力と親油性を生かして海面での油流出や工場や工事現場での油漏れ対策などに使うオイルキャッチャーが主な用途。アパレル業界で普及するにはもう少し時間がかかりそうですが、ファーやレザーをできるだけ使用しないヴィーガンファッションへの注目の高まりもあって、ダウンや高機能中綿の代替素材としてのR&D(研究開発)が世界的に加速しています。
+CLOTHETではカポックと邂逅以来、多種多様なテストを実施し、データの収集を行ってきました。そして、ダウンや高機能中綿の代替素材としてではなく、カポックを新しい素材のひとつとして打ち出す道を探り始めます。最近は、ポリエステルなどと混ぜてシート状にして使うケースもありますが、+CLOTHETがこだわったのは軽くて暖かいカポックの特性を100パーセント引き出すこと。ほかの素材と混ぜて加工してしまうと、どうしてもそのよさが前面に出にくくなるため、衣服に中綿として直接注入することに集中して開発を進めました。
カポックの実は10〜30センチほど。最初は緑色だった実が成熟するにつれて水分が失われて茶色になります。外皮を剥くと中心部分に芯があり、その周りに1個あたり120〜175粒の種とともに粒状の綿毛が詰まっています。種は食用油として、外皮は燃料として利用されます。
原料となるカポック繊維は、世界で最も輸出量が多く、品質が高いとされるインドネシア産のものを使用。インドネシアはブラジル、コンゴに次ぐ世界3位の熱帯林保有国でありながら現在も毎年2パーセント前後の森林面積が減少しており、カポックを活用したビジネスは森林減少・劣化防止の切り札のひとつとして考えられています。
ただ、カポックのワタを衣料製品化するには、いまもなお多くの課題が存在します。最初の関門は、輸入時にワタにプレスをかけて圧縮しているため、繊維が塊になってほぐれにくく、衣服に詰めるのが困難なことでした。また、カポックの実の中から繊維を取り出すために実を半分に割り、繊維と種、芯に選別するのはすべて手作業。その後、攪拌機を用いて異物除去を行いますが、繊維の中に混入する実の皮やゴミなどを完全に取り除くのが難しいことも普及を妨げている原因です。
そうした数多の障害を乗り越え、+CLOTHETではカポックを衣服の中綿にするために特殊な装置(※)を使うことで、製品化に成功。以降、さまざまな試作品をつくっては、自分たちで着用して検証を繰り返してきました。そこであらためて確信したのが、カポック繊維のもつ潜在能力の高さです。化学繊維を中心にした高機能中綿以上、ダウンに匹敵する保温力があり、さらに抗菌防臭性が高く防虫効果にも優れています。サスティナビリティへの取り組みの一環として脚光を浴びることになったカポックですが、それを声高に謳わなくても繊維としての可能性に満ちていることは数々のデータが証明しています。
※)カポック専用のプロトタイプ装置。特許出願中。
とはいえ、カポックのワタをダウンのように中綿に活用する方法はまだ確立されておらず、注入するワタの適切な量や、繊維が塊になってしまうことによる偏り、メインテナンスの方法など、商品として本格的に扱うにはこれから改善すべき余地が大いにあります。それでもこの繊維の将来性を信じて一歩ずつ前進していくには、わたしたちつくり手だけで答えを出すのではなく、ファンの声に耳を傾け、ファッションの新ジャンルを一緒につくるという思いで取り組んでいくのがゴールへの近道だと考えました。
そこで+CLOTHETでは商品化に踏み切る前に、モニタリング用として100%カポックの中綿入りベストを20着用意。見た目はダウンベストと似ていますが、着心地はまったく違うため、ダウンだと思って着用すると驚いてしまうかもしれません。それゆえ、今回のモニター募集は、こうした部分も含めてカポックがどんなものなのかを知ってもらい、今後の商品づくりに役立てたいという狙いがあります。
シェルには+CLOTHETではおなじみの機能素材「ソロテックス®︎」を使用。カポックのワタは薄手のインナーダウンにするよりある程度ボリュームがあったほうがいいのではないかという仮説からアウターとして着られるベストを製作。今回のモニター募集は、カポック特有の軽さや暖かさを体感してもらうことで、商品開発のヒントとなる意見が寄せられることを期待しています。
現時点では主な輸出国であるインドネシアでさえ、収穫から選別の過程では人手に頼る部分が多く、商品にして販売するには人件費などの関係でどうしても高価になってしまいます。しかし、そうした問題点を改善しながら続けていけば、需要が増えて手に届きやすい価格に落ち着くという展望がある半面、伐採や代替となる田畑への変更などでカポックの生産量は年々減少しており、地域の基幹産業としての確立は急務です。そのため、+CLOTHETの運営商社も現地のNPO法人にカポックの苗木贈呈を行い、植林活動を支援することにしました。
現在の世界人口は約80億人。約39.2億人だった50年前と比べると、すでに倍以上に膨れ上がっています。このままのスピードで増加が続くと、食糧不足や水不足だけでなく、衣服の原料となる天然繊維が足りなくなってしまうのは明らかです。一方、現在、繊維全体の約70パーセントを占めている化学繊維も原料となる石油資源は50年後には枯渇してしまう可能性が指摘されており、それ以上に地球温暖化を招く化石燃料への過度な依存からの脱去が各業界で急がれています。
そうした将来を見据え、素材の選択肢をできるだけ増やしておくのも、繊維を生業とするわたしたちの使命。カポックが当たり前のように衣服の素材のひとつとして存在する未来に向けて、+CLOTHETの研鑽の日々は続きます。
Photos: Tohru Yuasa
※モニター募集は終了いたしました。
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