My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常-

渡辺康啓氏と愛犬ジーノ

Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないけれど、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

Tシャツは「仕事着」と語る異色の料理家
料理家・渡辺康啓|No.01

渡辺康啓氏-1

調理道具も食器もシンプルで無駄がない自宅のキッチン。料理家の渡辺康啓さんは、ファッション業界で働いているときに料理の腕が評判となり、ケータリングを開始しました。2007年に独立してからは、持ち前の美的センスで美味しくて美しい料理を提案。料理教室を主宰しながらメディアへの寄稿やイベント出演など多忙な日々を送っています。そんな渡辺さんのTシャツのある日常とは?

食べることが大好きな父とパティシエの母の間に生まれ、幼いころから美味しいものと、それを取り巻く環境が大好きだったという渡辺さん。しかし学生時代、それ以上に夢中になったのがファッションでした。

「大学時代は、アルバイト代をほぼすべて洋服に注ぎ込むような生活をしていました。実は、きちんと料理をするようになったのは、上京してひとり暮らしを始めてから。それも、洋服を買うために節約しようと思ったのがきっかけでした」

卒業後の夢は、いちばんの憧れだったコム デ ギャルソンで働くこと。ほかの会社はどこも受けなかったというのですから、渡辺さんの熱中ぶりはそうとうなものだったに違いありません。

「運がいいのか、それでも受かっちゃったんですよね(笑)。当時はストリートファッションが盛り上がってきたころで、販売に配属後はコム デ ギャルソンのジャケットの下にヘインズのBEEFY-Tを着て、シュプリームのキャップをかぶるみたいなスタイルで店頭に立っていました。Tシャツは大きめが好きで、その日のコーディネイトに合わせて白、黒、黄色と、いろんな色を着ていましたね。一度気に入ると、同じものを繰り返し買うタイプ。いまもTシャツは、同色買いや2色買いなどの複数買いをしょっちゅうしています」


渡辺康啓氏-2 渡辺康啓氏-3

渡辺さんに転機が訪れたのは、入社から5年が経ったころ。お世話になっていたある人の言葉がきっかけだったといいます。

「公私ともに仲よくさせていただいていたお客さまに、還暦祝いのパーティで料理をふるまってほしいと頼まれたんです。料理家や器の作家さんたちとの付き合いが多い人だったんですが、その日に、“渡辺くんは料理のほうに進んだほうがいいんじゃないかな”と言われて。友人たちからも美味しいと喜んでもらえていましたが、それまでは自分がどれほどの実力なのかわからなかった。でも、この人がそう言ってくれるならやってみようって」

その後、販売スタッフを続けながら、休日に出張料理とケータリングを開始。最初は知り合いづての依頼が多かったものの、次第に評判となり、結婚式の二次会の料理を任せられたり、メディアにレシピを寄稿するようになります。それと並行して料理教室を始める準備も進め、1年後の2007年に独立。あれほど恋焦がれて入社したコム デ ギャルソンでしたが、辞めることに迷いはありませんでした。


渡辺康啓氏-4 渡辺康啓氏の足元 渡辺康啓氏-5

「でも、独立した直後は大変でしたよ。お金がないから、洋服はTシャツとデニムばっかり。ただ、僕の場合は、袖があるとどうしても料理がしにくいので、Tシャツはエプロンの下に着る第2のユニホームになっています。だから、年中Tシャツ(笑)。エプロンをするので汚れは気にせず着ています」

渡辺さんの料理教室は、ポイントなどを話しながら料理をつくって(デモンストレーション)、みんなで食べるスタイル。料理学校へ通ったこともなければ、料理家のアシスタント経験もない渡辺さんにとっては、このやり方がベストだと思える方法でした。

「学生時代から自宅に友人を招いて手料理をふるまって、みんなでワイワイ食べることはよくしていたので、それならできるかなって。生徒さんにつくってもらおうとも考えましたが、そうすると微妙に味が違ってくるので、まずは味を知ってもらおうと思いました。これが正解かわかりませんが、自分はやってみてから考えるタイプなので」

2015年には突然、縁もゆかりもない福岡に移住。イベントで何回か訪れるうちに気に入ってしまい、向こうに拠点を移して6年ほど暮らしましたが、それも直感で決めたといいます。また、自身の代名詞になっているイタリア料理にも、渡辺さんの行動力を物語るこんなエピソードがあります。

「料理研究家の米沢亜衣さん(現在は細川亜衣)の『イタリア料理の本』(アノニマ・スタジオ刊)を見ているうちに、日本のイタリアンレストランで提供されるものとは違う本場のイタリア料理に興味をもって、現地を訪れて約1カ月間食べ歩きました。以来、イタリアの旅は1年に一度の恒例行事。5年ほど前には語学留学を兼ねて3カ月間イタリアに滞在したこともあります」


渡辺康啓氏のキッチン 渡辺康啓氏の食器棚に並ぶグラス 渡辺康啓氏の食器棚

そんな渡辺さんに、自身が口にする料理でいちばん好きなものを尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「ぼくはイタリア料理のイメージが強いと思いますが、最近、出版した本のほとんどが定食みたいなものを紹介しています。この先、また変わるかもしれませんが、日常で食べるものはお米とお味噌汁、お漬物があれば十分。年齢を重ねるにつれて、どんどんシンプルになっているような気がします」


渡辺康啓氏-6 渡辺康啓氏料理風景 渡辺康啓氏-7

聞けば、普段のファッションもそうだといいます。特に料理家に転身後は、着心地を重視したシンプルな格好が増え、逆にトレンドの洋服には目が行かなくなったんだとか。衣食住はすべて同じくとらえる渡辺さんの美意識が、より本質的な方向へと向かわせているのかもしれません。

「身に着ける洋服は、ほとんどがコットンやウール、カシミヤ、シルクといった天然素材でできたもの。無意識のうちに、肌触りのいい素材を選ぶことが増えました。Tシャツは基本的に白。今日はカーゴパンツと合わせていますが、デニムやチノパンといったカジュアルなスタイルが多いですね」


渡辺康啓氏-8 渡辺康啓氏-9 渡辺康啓氏-10

実は、ここで渡辺さんが着ているのは、+CLOTHETのポケット付き「Big T-shirt」。スビンプラチナムスムースでできたこのTシャツを取材前に渡し、2週間、洗濯しながら何度か試着してもらいました。

「最初、腕を通したときのシルキーなタッチにとても驚きました。Tシャツはゆったりしたものしか着ないので、これはXLにしましたが、これまでサイズやかたちで選んでしまうことが多かったので、こんなに気持ちのいい素材でできたTシャツがあるとは知りませんでした。袖付けも前振りになっていたりして、従来のものとは違うユニークなつくりも新鮮ですね」


渡辺康啓氏愛犬ジーノ2

最後は、福岡時代に飼い始めたという渡辺さんの愛犬、ラブラドールレトリバーの「ジーノ」も登場し、満面の笑顔に。アトリエを兼ねた自宅のキッチンには、ゆったりとした幸せな空気が流れていました。


渡辺康啓氏と愛犬ジーノ2

渡辺康啓
1980年鳥取県生まれ。2007年に料理家として独立。イタリア料理をメインとした料理教室や企業へのレシピ提供などで活躍。20年から始めたYouTube「せせチャンネル」は少ない材料とシンプルなレシピで意外なほどおいしい料理ができると話題に。6年暮らした福岡を離れ、2021年秋に帰京。著書に『果物料理』(平凡社)、『春夏秋冬 毎日のごちそう』(マガジンハウス)など。

Photos: Tohru Yuasa



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