究極の生地づくりへの挑戦

スビンプラチナムシリーズの第4弾が登場




CLOTHETファンにはおなじみの「スビンプラチナム」シリーズに、新たな顔が加わりました。それが「フロートインレー」という編み方で誕生した「スビンプラチナムスムーステリー」コレクションです。今回は、スビンプラチナムのこれまでの歩みを振り返るとともに、稀少なその種を未来につなぐために、たゆまぬ努力を続ける開発者たちの物語に迫ります。



国内屈指の技術と開発力

「インレー編み」とは、生地を編み立てるときにヨコ糸をインレー(浮き上がらせて挿入)する編み方のこと。スウェットシャツなどに使われる裏毛とよく似ていますが、裏毛が表地と裏地の中間にそれらをつなぐ接結糸があるのに対して、インレーは天竺の裏側に別の糸をうろこ状にはわした生地で、ハリコシのある風合いと厚みを抑えた織物のような肉感が特徴です。+CLOTHETによる究極のインレーづくりの試みが始まったのは約1年前。和歌山にある協力工場のヤマヨテクスタイルで、これまで目にしたことのない膨らみのあるインレーに出合ったのがきっかけでした。

和歌山は110年以上前に行商に出ていた人々がこの地に丸編機を設置して以来、丸編ニット生地(ジャージー)製造が地場産業として発展し、現在も全国1位の生産量を誇る一大産地。なかでもヤマヨテクスタイルは、さまざまな編機を独自にカスタムして、新しい生地づくりの研究・開発を積極的に行うなど、国内屈指の技術力をもつ工場として知られています。+CLOTHETを運営する繊維専門商社との付き合いは40年以上前から。長年にわたる取引を通じて、これまで数々のオリジナル商品を生み出し、揺るぎない信頼関係を築いてきました。

「スビンプラチナム」シリーズの誕生も、両者のパートナーシップがあってこそ。繊維専門商社のテキスタイルチームが理想の生地を模索するなかで、インドの紡績会社が手がける稀少な超長綿「スビンコットン」にたどり着いたとき、真っ先に思い浮かんだのがヤマヨテクスタイルの技術力でした。スビンコットンはカットソーにおいては最高峰といわれる原料で、特にファーストピック(初摘み)の「スビンプラチナム」は純度が高く、世界でも類を見ない品質を誇ります。この糸で、未だかつて誰もつくったことのない生地を商品化するには、ヤマヨテクスタイルの卓越したノウハウが不可欠だったのです。



1934年創業のヤマヨテクスタイルでは、専属の研究・開発チームがシーズンごとに新しい生地の試作品を製作。丸編ニットのハイゲージを中心に、新旧さまざまな編機をカスタムして、ほかにはない生地を生み出しています。インドの紡績会社には、スビンコットンのファーストピックを使った糸が30年以上前から存在していましたが、現在の「スビンプラチナム」の品質に仕上がったのは、+CLOTHETを運営する繊維専門商社との取り組みの成果。


ライバルの多い繊維業界では、どんなに素晴らしい生地をつくったとしても、すぐにコモディティ化して市場に埋もれてしまうことがよくあります。そんな状況を打開するために繊維専門商社が求めていたのは、従来の常識を突き抜けた生地でした。そのためにコストは度外視してでも、究極にいいものをつくって新たな市場を開拓する––––不退転の覚悟で臨んだ船出でしたが、当時は+CLOTHETを立ち上げる計画すらなかった時期です。


挑戦が明日のスタイルをつくり出す


インドから糸を輸入するには、ある程度まとまったロット(出荷数量の最小単位)が必要だったことも、スビンプラチナムがこれまで日本であまり出回っていない理由のひとつでした。しかも、これを使ってTシャツ向けの生地をつくるとなると、価格は一般的なそれの約4倍になってしまいます。しかしそうしたハードルも、まだ世の中に存在しないからこそチャンスがあると考えるのが+CLOTHETを運営する繊維専門商社のポリシー。約150年にもわたり、大きいな時代のうねりのなかで、さまざまな挑戦を重ねながら新たなスタイルを切り拓いてきた歴史がそれを物語っています。


繊維が細く長い超長綿の一種であるスビンコットンは、インド在来種の「スジャータ綿(SUJATA)」とビンセント島産の「海島綿(ST.VINCENT)」との交配によって1970年代に栽培が開始されました。スビン(SUVIN)という名前は、それぞれの頭文字の掛け合わせから。全世界の年間綿花生産量が約2,600万トンのうち、超長綿が占める割合は1.5%程度ですが、スビンコットンは超長綿全体のなかでもわずか0,05%の約200トンと、絶滅の可能性のある稀少品種として危惧されています。


当初はウィメンズをターゲットにしていたこともあり、薄手で華奢なイメージの天竺と、肉感のあるダブルニットで編んだスムースでいくつか試作品をつくってみましたが、繊維専門商社で開発にかかわったメンバーは、すでにその段階でこれまで感じたことのない柔らかな風合いに驚いたといいます。そこから糸の仕様を改良し、さまざまな編み地や加工を試して、スビンプラチナムの特長を最大限に引き出せる組み合わせを追求。満足のゆく生地が完成したときには、開発に着手してから約1年半が経っていました。


最初は予想通り、価格がネックとなって販売に苦戦しましたが、風向きが変わったのは+CLOTHETがデビューしたあたりから。スビンプラチナムスムースを使った「テーラードTシャツ」のヒットをきっかけに世間の注目が集まり、生地に対する問い合わせも徐々に入り始めます。その後、+CLOTHETのテーラードTシャツは多くのリピーターを生み出し、スビンプラチナム原料を使った生地のバリエーションは拡大。ヤマヨテクスタイルが最新鋭の編機を導入したこともあり、ベロアのような見た目と仕上がりの「マイクロパイル」や、表フラット裏パイル組織の生地を裏起毛した「テリーフリース」など、他とは一線を画す独創的なコレクションへと進展してきました。


「スビンプラチナムスムーステリー」の誕生


今回の「スビンプラチナムスムーステリー」のコレクションは、ハイゲージの味わいをより高密度な雰囲気で表現するために、ヤマヨテクスタイルが独自開発したシャツの編み地を応用した組織が出発点。従来のインレーは表が天竺で生地に膨らみがありませんが、ヤマヨテクスタイルによる「フロートインレー」は特殊な編機を用いることで、表がスムースのような手触りでしっかりとした肉感になることから、+CLOTHETの企画チームはスビンプラチナムスムースの糸を使ってさらにエレガントな表情に磨き上げるアイデアを思いつきます。


しかも、目につかない部分には安くて粗い糸をもってくるのが普通ですが、この生地では裏側のうろこ状にはわせる糸にも油分が豊富でしっとりとした風合いのスビンプラチナムを使用。試作品として、スウェットシャツとパンツをつくってみたところ、原料の素晴らしい風合いを残しながら、ハリコシがあり、伸縮性も安定しているなど、予想以上の手応えを得たことから、急遽ジャケットでの展開も視野に入れることになりました。


ヤマヨテクスタイルと二人三脚で取り組んできたスビンプラチナムのコレクションは、これが第4弾。生地の種類を増やすたびにアイテムの幅が広がり、少しずつ奥行きのあるシリーズに成長しています。これまでの経験と実績から、糸の仕様と仕上げの加工はほぼ完成に近いレベルにまで到達。今後は編み地を変化させながら、さまざまな創意工夫を凝らした新商品を開発していく予定です。



スビンプラチナムスムーステリーが裏側まで贅沢にスビンプラチナムの糸を使うのは、マイクロパイルやテリーフリースと同様に、肌に近い部分でこのコットンの極上の風合いを味わってもらいたいから。スポーティな裏毛などのスウェット商品と一線を画す上品な表情に仕上がっています。商品は「Smooth Terry Hoodie」。


CLOTHETとその運営商社が、ここまでスビンプラチナムにこだわるのは、世界有数のあらゆる生地を見てきた自分たちが、このコットンに初めて触れたときの感動をたくさんの人と分かち合いたいから。流通量が極端に少ないこともあって、出合った当初はほぼ無名に近い状態でしたが、これほど大きな驚きを感じたことはありませんでした。


ただ、繊維の魅力と生育リスクは表裏一体。スビンコットンの栽培は、一般的な綿花より生育期間が長いため換金までの期間が長く、気候変動による自然災害などに遭う危険性が高まります。そうした背景から、ほかの農作物への転向してしまう綿花農家が後を絶たず、生産量は年を追うごとに減少。このまま放置していたのでは「スビンの種」がついえてしまうのは時間の問題です。


そこで+CLOTHETの運営商社では、スビンプラチナムを使ったコレクションの持続可能性を向上させ、リスクを冒してまでこの栽培に従事している綿花農家の収益を安定させるために、彼らを支援する取り組みを開始しました。その分、かかるコストは上昇しますが、生産工程の見直しや廃棄ロスの削減などで、+CLOTHETの商品価格にそれが反映されにくいようなしくみにしています。


スビンコットンの生産量は、将来的に減ることはあっても、増えることはないというのが大方の専門家による見通し。現在の生産量を維持していくためには、魅力溢れる商品を継続して開発していく必要があります。そうした努力を続けることは、このコットンの素晴らしさを知ってしまったつくり手の義務であり、果たすべき責任。繊維のエキスパートとしての使命感にも似た情熱が、今日も+CLOTHETのクリエイティヴマインドを突き動かします。


Photos: Tohru Yuasa