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My T-shirts, My Life
-Tシャツのある日常- vol.16

Tシャツには不思議な魅力があります。シンプル極まりないけれど、Tシャツにかける愛情やこだわりは人それぞれ。連載「Tシャツのある日常」では、さまざまな分野の第一線で活躍する人たちのライフスタイルを通して、Tシャツにまつわるエピソードや仕事への思いを聞いていきます。

​自然の声に耳を澄まし、新たな価値を創造する蒸留家​
​​mitosaya薬草蒸留所 代表・江口宏志|No.16​

​​千葉県・房総半島のほぼ中央に位置する、夷隅郡大多喜町。豊かな緑に抱かれたその地に、「日本で最も独創的」といわれる蒸留所があります。かつて薬草園だった広大な敷地にはいまなお数百種ともいわれる草木が息づき、季節の移ろいとともにその表情を日々変化させている───そんな大自然から受け取ったエッセンスやインスピレーションを、オリジナリティあふれる蒸留酒や飲料へと昇華させているのが、「mitosaya薬草園蒸留所(以下、mitosaya)」をご家族とともに運営する蒸留家・江口宏志さんです。​

​​長年、ブックストア「ユトレヒト」の代表として、本とアートの世界で日本のクリエーションを牽引してきた江口さん。そんなエッジィな“文化人”がなぜ、蒸留酒という畑違いのものづくりの世界へと足を踏み入れたのか。そして自然の恵みと向き合い、地域と共生していくとはどういうことなのか。江口さんの暮らしとものづくりの拠点である「mitosaya」を訪れ、常に本質を見つめ、自身の感性に正直であろうとする一人の“創造者”のお話を伺いました。​

​「最初に興味をもったのは、実はお酒ではなくて香りだったんですよ」​

​​自らのキャリアの転換点について、江口宏志さんは意外な事実を教えてくれました。カルチャーを牽引するブックストア「ユトレヒト」を主宰し、国内外のさまざまなアーティストブックやZINEを紹介。のみならず、自ら出版を手がけるなど印刷物とテキストの世界に長らく身を置いてきた江口さん。そんな江口さんが蒸留酒という異世界へと舵を切ったきっかけは、あるブランドのエッセンシャルオイルを紹介するカタログ制作の仕事だったのだとか。およそ50種類という多彩な香りと向き合うなかで、江口さんは「蒸留」という技術の奥深さに魅了されてしまったのです。​

​​「蒸留っていうのは、自然界にある何キロもの原料をグーッと凝縮させて、わずか数ミリリットルという、ごくわずかな液体を抽出する作業。しかもその液体が、原料を超えるくらい豊かな香りを備えていることに、とても強い衝撃を受けたんです。『蒸留っていう技術は、なんてすごいんだ』って(笑)」​

​​奈良の取材現場で見たという、杉やヒノキからエッセンシャルオイルを抽出する神秘的な作業風景───それが江口さんの「蒸留」への熱情を引き起こす端緒となったのだそうです。​

​​早速小さな蒸留器を購入し、庭の植物で香りを抽出する試みを自室で始めたという江口さんの探求心は、やがて一杯のジンとの運命的な出合いによって、また新たな方向へと導かれます。それが知る人ぞ知るドイツのボタニカルジン「モンキー47」。クラフトジンの世界的ブームのきっかけともなった、プレミアムドライジンです。手摘みしたリンゴンベリー、トウヒ、エルダーフラワー、キイチゴの葉など、47種類ものボタニカル原料を贅沢に使用したその複雑で芳醇な味わいは、江口さんにとって忘れることのできない“セカンドインパクト”となりました。​

​​「こんな複雑な味わいが、これほど透明な液体で表現できるんだ、と思って……。(エッセンシャルオイルなどの)香りは香りでいいけれど、お酒であれば目でも鼻でも、舌でも愉しめる。五感すべてを通して、よりダイレクトに感じられると考えたんです」​

​​江口さんの心をさらに深く鷲掴みにしたのは、「MONKEY 47」というブランド独自のクリエイティブな表現方法でした。調べてみると、アートブック業界にゆかりのある作り手が手掛けており、そのボトルやラベルのデザインに、自身と共通する想いや哲学を見出したのです。​

​​「わざわざラベルに活版印刷を使っていて、『なんか本の表紙みたいだな』と思ったんです。気になって裏のラベルを見てみたら、作り手のサインとシリアルナンバーが刻まれている。これってアートブックと一緒じゃないかって(笑)」​

​​本の表紙が読者を物語の世界へ誘うように、お酒のラベルもまた、口にする人を香りと味わいの深淵へと導く。アートブックの世界で培ってきた感性が、蒸留酒という新たなキャンバスとの邂逅に震えた瞬間でした。文字通り「衝動的に」、「MONKEY 47」のマスターディスティラー(蒸留責任者)を務めるクリストフ・ケラー氏を訪ねるべく、南ドイツへと旅立ったという江口さん。アートブックの出版社を営んでいたこともあるというドイツの作り手の下で、オー・ド・ヴィー(ボタニカル由来の蒸留酒)づくりを体験。本格的に蒸留を学ぶため、ご家族とともに移住することを決意します。​

​「さまざまな果実、草木、ハーブの採れる日本なら、この蒸留という手法によって自分らしい特別なお酒がつくれるんじゃないかな、って」​

​本から香り、そして蒸留酒へ───。それは異分野への転身というよりも、表現とものづくりの本質を追い求める江口さんにとっては必然ともいうべき“旅”の道程だったのかもしれません。​

​「mitosaya」が“最もユニーク”な蒸溜所とされるのは、そのものづくりのアプローチにあります。「何をつくるか」から始めるのではなく、「今何があるのか」から発想するその哲学は、この蒸留所の礎となった薬草園という土地そのものから生まれています。​

​「基本的には、ここにあるもの。届いたものから(何をつくるかを)、考えるようにしています」​

​江口さんによれば、敷地内には400から500種類もの植物が生育しており、季節ごと、どころか日々異なる素材がどんどん顔をのぞかせてくれるのだとか。そのひとつひとつと対話し、最も輝く瞬間を捉えるのが「mitosaya」スタイル。​

​「『ああ、この花はまるでグレープフルーツのような、フルーティーでいい香りがするな』と思ったら、その香りを最大限に生かせるようなものを作ろうって。常にそういう風に有りたいと思っています」​

​取材で訪れたときには、ちょうど沖縄のパイナップル、埼玉のイチジク、そして千葉の青梅が続々と届けられ、せっせと仕込まれている真っ最中でした。そしてこの「素材ありき」という考えは、生産体制にも貫かれています。大量生産を前提とする製造業の常識とは一線を画し、江口さんは「ロット(生産や出荷の最小単位)からの解放」を目指していると語ります。​

​「製造業って、どうしてもロットの話がつきまとう。そういうものからできるだけ逃れたくて、いつもコストを掛けずに小回りの効くつくり方を模索しているんですよ」​

​大小さまざまなタンクや、小さな蒸留器を活用。ボトリングもすべて手作業で行い、ラベルはオンデマンドで印刷することも。これまでの経験や人的ネットワークを駆使して、あらゆる工程を自分なりに、柔軟にコントロールすることにより、「mitosaya」はその時々の素材に最適化した、少量多品種の生産を可能としているのです。​

​​その飽くなき探求は、蒸留酒という枠にとどまりません。​

​「僕は別に、お酒をつくることを目的にしているわけではありません。果物などの素材を最もいい状態で液体にして、かつ、長持ちさせようって思ったら……。蒸留するのが一番。だから蒸留酒って、とってもいいんですよ(笑)。でもそんな蒸留でも、素材によっては伝えきれない魅力があるのも事実です。ドロドロとした果実味のあるような部分とか、酸味とか、苦味とか、そういった個性も生かせるようにと、ジャムやハーブティーをつくっています。さらに東京の清澄白河にオープンした「CAN-PANY」では、誰でもいつでも愉しめる、清涼飲料水づくりにも取り組んでいるんです」​

​素材の声に耳を澄まし、最もふさわしい形を与え、多くの人々に届けたい───その真摯で優しいものづくりの姿勢こそが、江口さんと「mitosaya」の創造の源泉となっているのです。​

​「実は今日は蒸留所の公開日なんですよ」​

​江口さんがインタビュー当日に着用していたのは、+CLOTHETの「Recycled Suvin Botanical Dye T-shirt」。スビンプラチナムという極上素材の製品を製造する過程で、否が応でも発生してしまう裁断くず。それを回収し新たな糸として再生したリサイクルスビンを使用し、スビンコットンの枝や花の萼(がく)から抽出された染料によって製品染め(ボタニカルダイ)を行った、とても味わい深い色味(サンセット)と質感が魅力的な1枚です。その選択には、「mitosaya」での日常が色濃く反映されていました。​

​「金曜日は、工房での作業と、一般公開日としてお客様を迎えるという2つの顔をもつ日。作業ではいろんな汁が飛び散るので、あんまり白っぽい格好というのはできないんですよ。でも、お客様も来るので、あまりにも作業着っぽすぎるものはというわけにもいかず……」​

​動きやすさや汚れへの耐性が求められる“作業着”としての側面と、人前に立つための“きちんと感”。その両立こそが、江口さんにとって“金曜日の仕事着選び”の重要なテーマなのです。​

​「スビンプラチナムのブラックとも迷ったんですけどね。そっちは袖がリブになっているのがお気に入り。軽やかで伸びのいいスムース素材のTシャツは初めて着たので、かなり気持ちよく、新鮮に感じました。普段はあまり黒は選ばないんですが……。人に会うときなどは、特に重宝しそうです」​

​以前はさまざまなブランドの「ニットTシャツを愛用していた」という江口さんですが、今夏の酷暑には耐えられず。その点この夕焼け色のナチュラルなTシャツは、肌当たりがドライで軽やかです。「Tシャツなんだけど、少しちゃんとしてる雰囲気になる。それが僕みたいな“おっさん”にはいいな、と思って」という決め手も明かしてくれました。​

​「どうせ汚れるからと本当に地味な格好してると、もう、どんどん土に埋まっていってしまうというか……(笑)。そんな感じなので、できるだけ元気に、すっきり見えるようにしたいとは思ってますね」​

​実はTシャツ以外の選択肢として、江口さんが気に入っているアイテムがあります。​

​​「アロハシャツです(笑)。アロハって、だいたい柄が自然にあるものじゃないですか。それこそパイナップルとかハイビスカスとか……。僕はやっぱり植物が好きだし、こういう(ボタニカル由来の蒸留酒という)ことを仕事にしているから、ボタニカル柄のシャツを着ているのがしっくりくるんです」​

​アロハシャツに使われている、シルクなどの素材の心地よさもさることながら、江口さんは何よりそこに描かれる、“柄”に自身のアイデンティティを重ねているのだとか。ボタニカル柄は、コミュニケーションのきっかけにもなります。それはお酒のラベルが、飲む人との対話を生むことに似ている。そしてボタニカルダイで仕上げたリサイクルスビン製のTシャツは、きっと江口さんのアイデンティティと共鳴し、多くのコミュニケーションを生んでくれることでしょう。​

​着るものひとつで、人の気持ちは変わります。決して「若々しくありたい」などという見栄ではない。それは、自らの心身を健やかに保ち、日々の仕事に楽しく向き合うための、いわば精神的なユニフォーム。江口さんの衣服との向き合い方は、仕事や暮らしそのものを豊かにするための、実直で誠実な哲学に裏打ちされているのです。​

​「mitosaya」がこの地に根を下ろし、8年余り。江口さんの視線は、自らの創造活動だけでなく、この場所が持つ可能性と課題にも向けられています。​

​​「ここに来て10年近くが経過しましたが、やっぱり田舎なので人口減少スピードがものすごい。耕作放棄地もとても多いし。衰退っぷりは目に余るものがありますね」​

​自身の活動が地域に貢献している手応えはありつつも、家内制手工業的なその規模感やスピード感では追いつかない現実を、江口さんは冷静に見つめています。そんななか、新たな希望となっているのが「地域おこし協力隊」の制度を活用した、新しいスタッフの受け入れ。都市部でキャリアを積んだ優秀な若者たちが、「mitosaya」の活動に参画しはじめているといいます。彼らと共に何ができるのか。江口さんが見据えるのは、この地域に本当に足りないものを補うことでした。​

​「つくる人ってのは、結構いるんです。素晴らしいチーズをつくる生産者がいたり、すごく腕のいいシェフがいたり……。ただ問題はそれぞれをどうつなげるかってことですね」​

​素晴らしいものをつくる人はいる。しかし、それを適切な価値で、求める人の元へ“届ける”仕組み、そしてその価値を“伝える”術が不足している。そこにこそ自分たちが果たすべき役割があると、考えているのです。​

​「自分のことを自分で伝えるのって本当に難しいですよね。だからこそ、第三者が言ってあげる方が、効果があると僕は思うんですよね」​

​本の編集者として、作家と読者の間に立ち、その価値を翻訳してきた経験。そして「mitosaya」で自然の恵みと消費者の間に立ち、新たな体験を創造してきた経験。それらの知見を、今度は地域全体へと拡張していく。清澄白河にオープンした「CAN-PANY」もその一環であり、誰もが“ロット”の呪縛から開放されオーダーメイド感覚の飲料づくりに参加できるその場所は、人と人、人とアイデアが交差する新たな拠点となりつつあります。​

​もっとも、江口さんは声高に「地方創生」を叫ぶタイプではありません。​

​「あんまりその、『みんなでやろうぜ!』みたいなことには、正直ちょっと、抵抗感がありますね(笑)」​

​そう言ってはにかむ姿に、江口さんという人物のの本質が垣間見えます。大きな旗を振るのではなく、目の前にある素材と向き合い、対話し、自らの手で丁寧に形にしていく。その実直な営みの連鎖こそが、結果として地域を豊かにし、新しい文化を育んでいくと信じているのでしょう。​

​自然の声に耳を澄まし、家族と共に土に触れ、仲間と語らいながら、ものを作る。蒸留家・江口宏志さんの日々は、仕事と暮らしが分かちがたく結びついています。それは、効率や規模を追い求める現代の価値観とは少し異なる、人間的な尺度に基づいた営み。mitosayaで蒸留される一滴は、単なるアルコールではありません。それは、この土地の植物の記憶であり、季節の香りであり、そして江口さんという一人の人間の、哲学そのものが凝縮されたエッセンスなのです。​

​その半透明の輝きの向こうに、私たちは、これからの時代の豊かさのヒントを見出すことができるのかもしれません。​

​​江口宏志​​
​​1972年、長野県生まれ。2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープン。2009年より「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げ・運営に携わり、2015年に蒸留家に転身。2018年、千葉県大多喜町にあった元薬草園を改修し、果物や植物を原料とする蒸留酒を製造する「mitosaya薬草園蒸留所」を創設。千葉県鴨川市でハーブやエディブルフラワーの栽培等を行う農業法人「苗目」にも携わる。また23年、ノンアル飲料の製造・充填を行うボトリング工場「CAN−PANY」をオープンした。​
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Photos: Tohru Yuasa


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